心機一転

新・私の独り言


3月11日に思ったこと


  

3月14日・久しぶりに目黒鳥家に登った。

つかの間の快晴に、高月山に登る予定を変更して、目黒鳥家まで行くことにした。
鹿のコルから200mほど手前で神戸ナンバーのパジェロとすれ違った。道脇に車を寄せたら、私と同年代の男性が窓越しに「高月山に登りたいのだが、登り口を教えて欲しい」と話しかけてきた。
無鉄砲に地図は持っていないとのこと。メモで説明しようとしたら、「四国の山」とかいう本を出してきたので、それに出ている10万分の1くらいの地図で説明した。聞けばその人は「三本杭」に登ってきたと言う。その時は当日の早朝に登ったばかりだと思っていたが、もしかすると前日に登っていたのかもしれない。朝の9時過ぎに三本杭から帰ったとは早いと思う。

鹿のコルに車を停めて、歩き始めたのは9時半であった。

久しぶりに大きな霜柱を見た 木々の間より高月山を望む 大久保山頂上
大久保山から鬼ヶ城を望む 八面山頂手前。昔ここをバイクで上がった事があった。 八面山頂より高月山を望む

私は八面山は「はちめん−」と呼んでいる。訳知り顔で「やつづら」と呼んでいる人もいるようだ。見る方角から山の形が八の字に見えるとか、八方に広がっているからだとか、手元に資料がないのではっきりと覚えていないが、そんなことだった。たしかにそのような話をされるとなるほどと納得し、大学の偉い先生の講義を聴いて得意になって吹聴する学生さんの気分にもなるだろう。
だが、もともと「はちめん」という言葉が昔から存在していたことを考えるとわざわざ「やつづら」と言わせることにはいささか疑問を呈する。日本を秋津島根と言っていたからと「あきずしまね」と言う人がいるだろうか。「やつづら」を強調する一方で「鹿のコル」を平然と口にすることには違和感を覚える。

八面山頂から三本杭、小屋が森を望む 山頂横から熊のコルに下る道。ここが一番嫌いな道 帰る時に、またこの急坂を登らなければいけないのは精神的にもきつい。

熊のコルに向かう、なだらかな尾根は最も気に入った道である。

写真では雰囲気を上手く伝えることは出来ない。 熊のコル付近から高月を望む

三本杭が近づいた

山の神

熊のコル

熊のコル 2

山の神 2

「藤が生越え」への分岐

藤が生越えへの分岐2

藤が生越えへの道

藤が生越え付近

この山系には「○○のコル」と言った地名がいくつかある。
いずれも第二次大戦後に地元の登山家が作った地名である。現在ではすっかり定着した地名となっているが、その出自ははっきりしていたほうが良いだろう。コルはフランス語の鞍部を意味するcolで、鹿、猿、猪、熊と合成した全くの造語である。おかしいのは、高知新聞社発行の四国百名山では『「熊のコル」と言う地名から、昔は熊が居たのであろう……』と言うような事が書かれていた。確かにツキノワグマは私が中学生の頃までは生息していた。はっきりとした年代は覚えていないが黒ノ瀬では熊に追いかけられ竹藪に逃げた人がいて新聞記事になった。大浦と吉田の間にある黒ノ瀬での事件直後、足跡が田圃に残っていて、どうやら宇和島湾を泳いで横切り、薬師谷に逃げたらしいと報じられ、やがて市民の記憶から薄れていった。もしかするとその熊は南予では最後の熊だったのかも知れない。安住の地を追われ最期を迎えた熊の気持ちは如何ばかりだったのか。切なくなる。

話がそれたが、地名があるから云々と言うことは一面正しい分析ではあるが、その地名がどのようにして作られたのかを正確に把握していないと、とんでもない結果になるだろう。最近テレビで見た時代劇にはシェパードが登場していた。名前は忘れたが幕末に日本に来たイギリス人が驚いた事として、日本人は乗馬するとき右側から乗る事をあげていたそうだ。(と言うことは、現在時代劇で出てくる左側から乗馬するシーンはすべて偽物と言うことになる)

熊のコルから少し登ったところで、上から熟年の男性が下りてきた。滑床に下りる道を聞かれた。「三本杭の山頂から下りようと思ったが道が判らなくて、この先に下りる道があると聞いたが判りますかねー」。完全な都会訛りであった。熊のコルから下りる道があることを教えた。

藤が生越えから八面を望む 「小屋が森」山頂 前はこの標識が無く、初めて登った時には迷った。

「小屋が森」から下りた所

また普通の尾根道

「串が森」の手前

午前九時半に歩き始めて、目黒鳥家の山頂に着いたのはちょうど午後一時だった。きれいな景色に心を奪われ、カメラのシャッターを押すことに夢中になり、ほとんど休むことがなかったが、ファインダーをのぞいている間が休みだったようなものだろう。結構遊びながら歩いた。
やはりボロカメラではきれいな景色が再現出来ない。

「小屋が森」から西、北を眺める

八面山、大久保山

大久保山、鬼ヶ城

鬼ヶ城

毛山

毛山、櫨が森

櫨が森、梅ガ成

高月山に至る尾根

三本杭

何故か「串が森」の山頂付近だけ変わっている。

「串が森」山頂

ブナの巨木がたくさんある尾根

ようやく山頂が見えてきた

午前九時半に歩き始めて、目黒鳥家の山頂に着いたのはちょうど午後一時だった。きれいな景色に心を奪われ、カメラのシャッターを押すことに夢中になり、ほとんど休むことがなかったが、ファインダーをのぞいている間が休みだったようなものだろう。結構遊びながら歩いた。
やはりボロカメラではきれいな景色が再現出来ない。

「目黒鳥家」山頂
以前来たときには少し様子が違っていたような気がするが気のせいか。

鬼北方面

目黒川流域

山の神

山頂から少しはずれたところで、石を積み上げて風よけを作り、持参した水をわかしてカップ焼きそばを作った。気温は1度。エースコックのカップ焼きそばは完全な選択ミスだった。日清のUFOだったら良かったのかも知れないが、美味くなかった。余ったお湯でインスタントコーヒーを作ったが、焼きそばを食べている間に冷めてしまった。

一時間昼食で休んだ後帰途についた。帰りながらもカメラで撮り回っていたら、藤が生越えあたりでメモリーが無くなってしまった。ファインピックスは1GのBXDピクチャーカード、オリンパスのほうは2GBのマイクロSDカード。どちらもほとんど同じ頃に一杯になった。電池のほうはスペアを持っていて、一度二つとも交換したが、メモリーは別なザックに入れていたために、これ以降は写真を撮ることを断念して歩くことのみに専念した。携帯電話に2GBのマイクロSDを入れていたが、面倒なのと寒さで指先が思うように動かないので入れ換えをあきらめた。

八面にもどったのは午後四時。高かった太陽もだんだん西に傾いてきた。二月に痛めた右の足首が痛み始めた。
大久保山の尾根沿いに戻る猪のコルの少し手前で10mほどの目の前を大きな雄シカが一頭左から右に横切っていった。スローモーションのような悠然とした態度だった。これが判っていたならば、携帯のメモリーを入れ替えるのであった、と後悔したが時すでに遅い、しかもさらに後悔は続く。
猪のコルの標識の50mほど先に子鹿と母親らしい二頭のシカがじっとこちらを見つめていた。私はふと首にかけていたタオルを振ってみた。シカは微動もせずじっとこちらを見ている。私から姿が見えなくなるまでじっとしていた。

車を停めていた場所にもどり、靴を履き替えると両足がつってきた。右足もかなり痛くなっていた。ふと最近読んだ五木寛之の「下山の思想」を思い出した。



動画

いずれもwmvです。右クリックで対象を保存、お持ちのプレーヤーでご覧ください。

ブナの尾根道

ガスコンロ

串が森頂上付近

串が森から

44秒・2.1MB

12秒・660KB

23秒・1.13MB

25秒・1.20MB

目黒鳥家山頂手前から。最後に転ぶ。

撮り直し

山頂から眺める1

山頂から眺める2

48秒・2.27MB
44秒・2.02MB

27秒・1.23MB
33秒・1.49MB

いやー、デジカメでの動画は厳しい。風が強くて音が入ったのでミュートにした。


さらに・今度は赤滝山に登った

これから一週間後、またしても晴天に誘われ、(友人からのメールで起こされて)赤滝山方面に出かけた。
メインルートからはずれているために、あまりその存在は知られていない。八面から尾根に沿って南に下る。この道を歩くのは高校の時から実に58年ぶりである。昔この尾根のどこかで「ヤマネ」を見つけた。当時は絶滅危惧種などとあまり騒いでいなかったように思う。山のガイドブックなどでも「神社の天井裏に云々」などと書かれていたように思う。登山部で加塚山の方に行った時だった。小休止をしたとき、少し離れた木の上に丸い鳥の巣状の物体があった。それほど高い場所ではなく少しよじ登れば手の届く場所だった。巣の一部に小さな穴があり、そこから何か出てきた。私は一瞬ひな鳥が排泄物を出すためにお尻を突き出したのかと思った。後に考えると鼻先を出して様子をうかがっていたのだと思う。私がひるんだすきに小さな動物が木から地面の草原の上に落ちた。それほど素早い動作ではなかった。私がヤマネを見たのはそれが最初で最後だった。
そんなことを思い出しながら歩いたこの尾根道は別世界の様相であった。
目黒鳥家へ続く道も気分が良いが、この尾根道もすばらしかった。何より起伏が少ない。(赤滝山までは)
赤滝山を過ぎると余り楽しい山ではなくなった。急な岩場があり、私は痛めた足がまた痛くなった。おまけに人工林の中を下る道は判りにくい。道のはっきりしない山の下りが如何に危険か改めて実感した。

そうして懲りない私は水曜日が休日の友人と赤滝山に行った翌日、また、その途中まで行ってしまった。なんと言っても天候が一番。翌木曜日は霞んではいたが、九州が間近に見えた。

ここはまあ普通の風景

このような風景は余りお目にかからない

ずっと昔、舟木一夫の「高原のお嬢さん」という歌謡曲があった。

「高原のおじぃさん」ならぬ「高原のおっさん」

赤滝山の山頂

赤滝山を過ぎるとそれまでの天国のような景色は一転する。

写真など撮りたくない景色なので撮っていない。


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