心機一転

新・私の独り言


4月22日から南予いやし博が始まる

シャッター前に置かれるとは。無慈悲な看板だ。 これはイベントが終了すれば撤去されるだろうが、 このような看板は、これまでにあってしかるべきだった。

戦災を免れた大正時代の古い建物群。

驚いた!これがあの「木屋旅館」

まあ、ここまで来ればくどいほど判るだろう。

ノーコメント!
これはいったい何だろう?
たばこ産業前で、すでに城山入り口が何処なのかの標示は見えない。

4月22日からイベントが始まる。
おそらくそれは今後の宇和島の将来を決定するものになるだろう。
なんだか頭でっかちになりそうな気がする。宇和島の事をよその人が決める、と言うような気がする。以前、城山周囲の電柱の地下埋設化の後、同じような黒っぽい鉄柱が道路に沿って建てられたとき、それが東京の銀座にあるものと同じである事を得意げに語った人が居た。せっかく電柱が消え、すっきりしたのだから、柱などない方が良かったのにと思っていた私は、そんな考え方もあるのかとびっくりした。宇和島が銀座の真似をしてどうするのだろうと思った。
今また宇和島はどこかのコンサルタントあたりの意見を採り入れ、あるいはそれに似た意見に従っていろいろとハード的な装いを変えてきた。斬新な面もあるだろうが、しかしそれはおそらく日本の何処かの町と同じスタイルではないかと思う。良い例が木屋だろう。これはまるでどこかの居酒屋チェーン店だ。おそらくこれもどこからかの提言であろう。今まで出来ていなかったことが出来るようになったことに対しては拍手を送るべきだろう。だが、結局高速開通と言う機会にいやし博をするぞという外圧に対抗する手段でしかなかったのだろう。宇和島の命運は宇和島の人間が持っていないという事の証左。
先日も愛和幼稚園の前で、和霊神社方向から歩いてきた観光客と思われる人から城山に上る場所を聞かれた。つい最近のことである。私は城山に沿って時計回りに歩けば、たばこ産業の前を過ぎると突然見えてきます、と説明した。まったく状況は数十年前と変わっていない。
そのうち「カフカの『城』を実際に体験出来る町」として売り出せば良いと思う。

高速道路が開通して、三間の道の駅は売り上げが五割り増しになったと聞いた。
恐ろしい話である。なにも中身は変わっていないにも関わらず五割り増しである。
宇和島の道の駅でも二割アップらしい。ガイドブックに載るとその店の味もサービスも落ちてくるとは良く聞く話である。

話を戻そう。日本全国切り口が同じ金太郎飴の時代が宇和島にも到来したことを実感した。商店街の中心にあるインフォメーションも五時にはシャッターが下りている。このイベントに対する行政の心意気が伝わってくる。
残しておきたい方言もさびれつつある。一体何が残るのだろう?


須賀川の桜を見てきた

別にどうってことのない、ありふれたある春の日の光景

須賀川沿い

城北の前 1

ここだけ城山下にある公園

城北の前 2


久しぶりに「海洋堂ホビー館四万十」に行った。

従兄弟から作家の吉永みち子さんが、海洋堂の社長について書いたエッセーの載っている雑誌を送って貰った。もともと変人だとは思っていたが、ここに至るまで順風満帆の人生ではなかったことを改めて知り、急にホビー館に行きたくなった。
途中、土佐昭和の沈下橋 JR打井川駅そばの看板 廃校になった小学校が会場

昨年7月9日にオープン、年間来場者数3万人を予測していたところ、開業二ヶ月目に3万人達成したらしい。(私も開業してすぐに行った)遊びに理屈はいらない。

オープンした頃、大正町で行われたプラモデル展は圧巻だった。もう一度企画しないのか?

好感の持てる変人は応援したくなる。これで三度目の入館になった。
ここは館内撮影可である。それも嬉しい。ただ、今回は別棟で企画展「日本のミニチュア展」があったが、そこは撮影は駄目であった。
4月2日


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