心機一転

新・私の独り言

滑床を歩いた




鹿と目があった。こいつはそれほど可愛くない。

滑床を歩くのも久しぶりだった。四月に入って何回か歩いた。
初期の目的は私にとって「幻の道」を探すことだった。
それは十年以上前になる。今私には小学校三年の孫がいるが、その父親にあたる息子が独身時代だからもっと以前になるかも知れない。
発端は私が近郊で未踏だった山の一つ「郭公岳」の山頂をきわめようと思ったことから始まる。
地蔵山、戸祇御前、観音岳とマイナーな山を次々と攻めていた。郭公岳はその姿からそれほど魅力ある山ではなかったが、広見町から見る茅に覆われた山頂はどことなく良い雰囲気がある山だと思っていた。ずっと昔バイクでその山の林道を走った時は途中で切れていたことしか覚えていなかった。
ある夏の日2万5千分の一の地図とにらみ合いながら、鬼北警察署の横から等妙寺跡の発掘をしている近くまで車で行き、尾根に沿って登れば到達できるとふんでいた。ところが道が消えてしまい、後から思うと行き過ぎてしまい、結局その日は断念することにした。
当時無職だった私は息子の紹介で夜の七時から、飲食店に卸す氷の配達のバイトをしていた。その日もそれまでに帰宅しなければならなかった。
近場で知っているところだと、山をなめていた私は地図は持っていたものの、磁石を持っていなかった。周囲の山の形で自分居る場所が判ると思い上がった気持ちで居た。そのつけはすぐにやって来た。東高月から下るとき(東高月だというのは後に判明した)本来ならば尾根の北に下りなければならないのを、間違って尾根に沿って下るうちに南側に下りてしまった。
下山中に道に迷う危険を身をもって体験した。(これは恐ろしいで)
下りていくと下に林道が見えた。私が車を停めた林道だと思いこんでいた。ただ、そこに下りるまでの道が少し違っているような気がした。所々に石畳があったような気がする。そのどこかで滑床という標示を見た途端私は凍り付いてしまった。今更山を越え直すことは体力的にも無理だった。急いで万年荘まで下ったが、当時あった宇和島自動車の最終便はすでに出てしまっていた。多分四時を回っていたと思う。息子に電話してバイトを替わってもらうよう頼んだ。私は徒歩で車を停めた林道まで歩くつもりで、滑床から若山を越えて松丸に出ようととぼとぼ歩いた。
幸運の女神が微笑んでくれたのはそんな時だった。後ろから走ってきた軽四の男性がが声をかけ、車の近くまで私を送ってくれたのだった。まさに地獄で仏のようだった。
前振りが長くなった。私が偶然迷い込んだ道は、藩政時代に宇和島藩が作った道ではないかと思ったのはその時だったが、いつでも探すことができると思っていた。記憶と言うものは次第におぼろげになってくる。藩政時代の道は現在不明らしい。山の道は使われなくなると様子が変わってくる。
薄れていく記憶を呼び戻そうと、心当たりのある道を探し始めたが総て違っていた。
正確にするならば、東高月から同じように間違った道を下ればいいのだが、今の私にはそのような馬力は無くなった。
今は一人だときちんと整った道しか歩けなくなった。地図を片手に遮二無二行け行けドンドンの昔もあったが今はもうそれも無理だ。
郭公岳は二度目は高月山から尾根沿いに東に向かったものの、同じ東高月に出てそこで迷った。三度目は林道から傾斜の緩やかな場所を選んで、一直線に山頂に向かって、ようやく到達をした。そうしてそこで最初の日に通った場所があったことに気が付いた。下りはもっと楽だった。なんだこんな所に出るのかとおもうような作業道が付いていた。実にすれ違いの多い山だった。

その課程でこれまた幻の鳥と言われる「ヤイロチョウ」に出会った。道を探すことに夢中で突然現れた美しい鳥に思わず声を上げてしまった。残念ながら写真は撮る間もなかったが、それからというもの道よりも鳥に気を使い始めたが未だ再会していない。鳥に関しては全くの素人。




使われなくなるとこんな状態になる。

この林道が最も可能性が高いと思っていたが、こんな結果であった。


これでも林道


バイクで走ってみたい。


三本杭の下にある「白崖」も目の前


リスを初めて写真に撮った。ピンぼけになったがこの一枚しか撮れなかった。

赤崖


詳しくは拡大できるから。


雪輪の滝のそばで動くものを見た。


鹿そのものに出会うことはそれほど珍しい体験ではない。いつも向こうが先に気づき「キョーン」と鳴いて逃げていく。カメラを構える間もない。
今回はたまたま私が先に気が付いただけである。



私は何故か日ハムの斉藤投手を見ると鹿を思い出す。

このような孤独死もある。

これには参った。私には何の責任もないが心が痛んだ。


この頃黒尊・奥屋内では一本のシャクナゲが咲いていた。これをささげる。

私が滑床を歩いていた頃、戦後の宇和島の山岳界にとり偉大な存在であった大谷彰氏の訃報を知った。氏のご冥福をお祈りする。




新・独り言のトップ

TOP

これまでの独り言はここ
inserted by FC2 system