心機一転

新・私の独り言


取りあえず復活

日の長き、夏ともなれば、

君は歌の心をさとらん。

秋が来て、木の葉黄ばめば

筆取りて、そを書きしるせ

−ルーイス・キャロル−

「鏡の国のアリス」より


武左衛門一揆の道を歩いた

 日吉一希を起こす会主催のウォークイベントが10月7日に行われた。歳を考えない私は愚かなことに参加してしまったのだ。

 ことの起こりは松野町教育委員会主催の四万十ウォークに参加したことにさかのぼる。それに誘ったTさんから10月に日吉でもイベントがありますよ、と誘われた。以前のウォークに懲りもしないで8月に参加を申し込んだ。私を誘ったTさんは姪の結婚式があり春の段階で参加できないと断っていた。
 知っている道だし、歩くのは昼間だから景色を見ながら歩けばそれほど苦痛でもないだろうと言う私の判断は甘かった。
 四万十が45kmで今回は40kmだから確かに前回よりは疲労は少なかったが、集団の中で歩くというストレスには変わりなかった。歩き始めてすぐに自分はどんな事があっても、もうこれからは絶対にこのような行事には参加しないぞと心に誓った。これはその苦痛の記録である。


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 地図右上の旧日吉村から左下宇和島まで約40kmの道のりを歩いた。日吉出発は午前7時25分、宇和島の八幡神社に着いたのは午後4時50分であった。

 遠足の前夜の子供のように気分が高ぶってなかなか寝付かれなかった。宇和島から町のバスが出るのは午前6時、場所は北宇和島のローソンだということで遅刻しないように目覚ましを午前4時にセットしていたが、10時半に寝たものの気になって夜中に目が覚めた。時計は午前2時だった。そのまま起きて5時半に家を出た。まだ空は真っ暗であった。雨具、ヘッドランプなどを入れたリュックを背負い自転車をとばした。すでにバスが待機しており係員の女性に名前を告げてチェックしてもlらった。バスの中にはすでに数人の参加者が乗っていた。日中は暑くなるとは判っていたが朝はまだ寒かった。薄手のジャンパーを着ていても少し寒いくらいだった。

 6時丁度にバスはスタートした。日吉に向かい進むバスの窓から綺麗な朝焼けの空が見え始めた。


 受付にいる長身の男性は家族で参加していた。(武左衛門広場)

武左右衛門一揆について

坂本龍馬の格好をした人もいた。

 セレモニーをすませるとぼつぼつとスタートした。午前7時25分

  ケーブルテレビの放送では総勢70名だったらしい。
 初めは行列はとぎれることもなく歩いていたが、ゴール間近になると先頭集団、中盤、後尾集団に判れ、それもだんだんと個人個人にばらけてきた。それにしてもこの「のぼり」を持って歩いた人は偉い。おそらく交代していたのだと思うが「訴状」を持った人は常時列の先頭を歩いていた。

 小松公民館でうどん」を振る舞われた。
思わず「昼食ですか?」と尋ねて係の人に笑われた。時間は9時15分。(うどん提供「広見川夢の会」)


 10時15分、下大野で5分休憩

 泉郵便局の入り口。11時5分。
1時間おきに道路横にテーブルを並べて参加者に冷たいお茶やスポーツドリンクなどをオレンジ色のスタッフが提供していた。

 昼前になると次第に集団が解けてきた。

 12時30分鬼北町役場に着いて、各自もらった弁当を食べた。食べている間、小学生による創作太鼓の演奏があったが、私はゆっくりくつろぎたいので出来るだけ離れた場所で弁当を食べた。参加料千円を支払っているのだが、各休憩場所での飲料などで消えたのか正直言って私の食べた弁当は米が固くてまずかった。
 この日は大安吉日、役場では様々な催しがあったらしく、それに参加するために役場に来た人たちは迷惑な顔をしている人もいた。

 役場を出た時間を記録することを忘れてしまった。黄色いTシャツの男の子の背中には「素振りの鬼」とプリントされていた。このシャツは何故かよく目にした。後半バテ気味の私と前後して歩いていた。

 役場を出てすぐに「高田商店」に。1時15分。ゆずジュースをごちそうになった。大変美味しかった。
 写真手前、タオルで頬かむりをしている女性は私よりも遙かに年上のようであったが、スタミナ脚力は凄かった。他の人と会話しているのが耳に入ったが、松野のマラソン大会にも出場しているらしい。


坂本龍馬が携帯電話をかけていた

 この先の広見商店街?から県道に出る交差点に毛利県議がいた。

 こんな小さな子供でも完歩したのは凄い。多分背の高い男性の家族のようだった。男性は無理をしないでリタイヤして車に乗せてもらったら、とか言っていたがゴールまで歩いたようだ。

 広見から三間に入ると道は下り坂になった。
 この近くで、民家の人が「あんたら何処から来なはった?」と尋ね、日吉からと答えると「あ、ら、ら、ら、ら、!!」と驚いたリアクションが面白いと後ろを歩いていた中学生たちが真似をして笑っていた。
「あ、ら、ら、ら、ら、!!」はどんな場面でも使えそうだ。

 務田の駅の前で一行を迎えるスタッフ。
 この頃になると地べたに腰を下ろす人もかなりいた。

 務田の駅前を出たのが3時20分だった。太陽は傾き始めていた。歩道がこれくらい広ければそれほどストレスを感じなくてもすむのだが、狭い歩道を仲良し三人組が横一杯に広がって歩くと自分のペースが掴めなくなる。朝、日吉を出発した時からこの違和感を覚えていた。

 カメラのデータでは3時51分となっているのでまあそんなところだろう。光満のバス停。この頃になると列はかなり伸びてきた。
 この先で「たいこマン」をもらうがほとんど食欲はなかった。返って喉が渇くだけである。歩きながらペットボトルの水を飲むコツがようやく判った。500mlのペットボトルに二本入れてきた水も底をつき始めていた。写真を撮るたびに数秒は立ち止まらなければ行けないので、その都度人に追い越された。
 別に順位を競うものではないのだが、余り遅れるとみっともない。
 足は広見あたりで悲鳴を上げ始めていた。右足のかかとが痛み始め、自分でもぞっとした。幸いなことに痛みは治まったが、こんどは向こう脛の外側の筋肉がおかしくなってきた。下手な歩き方をすると引きつりそうであった。右足左足交互に違和感を覚えた。プロのスポーツ選手なら即刻自主退場だろう。

 伊吹町の八幡神社にようやくゴールイン。4時50分であった。

 旗に記念の寄せ書きをした。思い出すだけで疲れそうだ。この後徒歩でローソンまで行き、自転車に乗った途端足がつってしまった。それにしても子供は強い。
 この歩行は私の年齢を改めて痛感させるものであった。いや年齢ではないのかも知れない。日頃の訓練に欠けているのだろう。
 このようなイベントには必ずプロ?のような人が多く参加している。今回も松山から来た人がいた。100km歩いたとか話している人もいた。所詮私のように飛び入りで歩くことが無理な話なのかも知れない。私は一人黙々と歩いたが、おしゃべりしながら楽しそうに歩いている人も多かった。みなさんかなり以前から準備していたようだ。私の出る幕は終わったらしい。


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