心機一転

新・私の独り言


この1年を振り返って・公私混同十大ニュース

 早いもので今年も終わろうとしている。うだるような暑さがついこの前まで続いていたことなど忘れるように、鬼ヶ城には雪が積もっている。新聞などで今年の十大ニュースなどと言いはじめているので、私も習って公私混同の十大ニュースを書いてみた。

@ 3月に高速道路が繋がった。

  その結果に功罪があるだろうが、これは実に大きな出来事だっ  た。おそらくすでに宇和島地域にはその影響が見え始めている  だろう。かなり以前に愛媛大学の藤目節夫教授のお話を聞いた  事があったが、その際、聞いた「ストロー効果」と言うことを思い  出した。宇和島に落とされるよりも出て行く方が大きい経済効果  があるのだろう。高速開通に伴って「南予いやし博」が開かれた  が実態はどうだったのか?宇和町(現西予市)まで高速が開通  した時ひらかれた「町並み博」ではそれなりの効果は大きかった  と聞くが宇和島地域はどうであろうか。

  松山まではほとんど対面通行の道である。大きな事故の起こらないことを願う。ありゃ!雪が降った日の朝ついに重大事故が発生した。


本年3月4日、本線開通の前に例によって三間インターから
仏木寺前あたりまで高速道路を歩く催しが開催された。


平成19年(2007)まだ工事中


平成24年(2012)3月

高速開通当時の三間道の駅前(インター入り口に向かって)

道の駅前(宇和町方面)

仏木寺境内から宇和島方向を向いて(開通当日午後4時頃)

A 管理人がぼけて来た

  年相応なのかも知れないが、私はかなりぼけてきた。まず目が  極端に見えにくくなった。見えにくいこととぼけたことが相乗効果  として現れた。
  例えば寝よう思って寝間着に着替えるため、上半身裸になっ    て、さあ、寝間着は、と捜すと見あたらない。寒いなかをうろうろ  捜すと、足下にあった。

  町で出会った人が、顔は知っているのだが、私とどんな関係の  誰だったのか咄嗟に出てこなくなった。そんな時は「失礼ですが  お名前は?」と聞く。「○○ですよ」と言われると、さも知っている  かの如く「いや○○さんの下のお名前は」と切り返して難を逃れ  るようにしているが、今のところその手を使うところまでは進行し  ていない。

  手紙を書いても漢字がでてこない、間違った文字を書いてしま   う。自分でもあきれたが、手紙の宛名を書いていてある人の名  前を豊和と書く時「豊」と書いたあとつい「豊年だ、満作だと」秋   祭りを連想し、「和」のノギヘンの続きに思わず「秋」と書いてし   まった。コンマ数秒の出来事である。
  
  反射神経は生きているのかどうか判らないが、これには我なが  ら苦笑してしまった。

他の例・@インスタントコーヒーを入れる時、側にあったお茶の入った湯飲み茶碗に入れてしまった。
Aコーヒーを入れる時、手がずれてスプーンがカップの縁に当たって粉を大量にこぼしてしまった。
Bメガネをよく見失う。
C今日が何日の何曜日か判らない時がある。
D部屋に入った途端何の用事で入ったのか忘れる。
E二匹いる猫の名前を間違う。
あげればきりがないのでこれくらいにする。

B 母がぼけてきた

  私以上に母の認知症が進行してきた。同居しているが、炊事は  別にしている。三月頃には危険なのでガスは元栓を閉めた。病  院には自分で毎日歩いて通っていた。なるべく自力で、と思って  いたがとうとう歩行も困難になり、根を上げてしまったので私が  毎日車で送迎をしている。夏には病院内での歩行も出来なくな  り、車いすを使う時があった。もともとパーキンソンで通院してい  たが、春頃からやたら不安を訴えるので主治医は向精神薬を   処方し始めた。不安は私には訴えない。医師は家族には言わ   ないのでしょうと言われた。息が出来ないとか言いはじめ、さら   に強い薬を処方したところそれがさらに歩行を困難にしたらし   い。初夏には母と一緒に食事をするようにしたが、手の震えは   ひどくなった。主治医は思いきって向精神薬の服用をストップし  た。気候が涼しくなると母の様態は見違えるように好転した。
  歩くことさえ出来なかった母は自分で老人車をおしては近所の   スーパーに買い物に出るようになった。
  運動機能は回復したが、認知症は進行しているらしい。食べも  しない野菜類を沢山買ってきては放置したり、テレビが付かない  と言って持ってくるリモコンがボールペンのケースだったりする。

  それでも元気な方が良いか。

C 東高の同窓会があった

  卒業46周年の同窓会が松山の道後で開かれた。総勢117名  の参加者があった。卒業以来初めて出会う顔も沢山あった。
  高校時代はそれなりに確執があったのだが、今同級生と談笑し  ているとゲマインシャフトの世界は気が楽である。

宮川俊二君と上甲監督(一般人は一応顔を隠す。)

17期の中でもテレビの露出度一番の宮川君は人気者

  月に一回ある同窓生だけの「お講」は実に楽しい。と思っていた  が若干酒癖の悪い男が居ることが判った。隣の席になると最悪  である。

D 右足を剥離骨折した

  すでに何度か書いているが、それが判ったのは2ヶ月後だった  ためにきちんとした治療はしていない。医者も日常生活で何か   不便はありますか?というくらいなので私も山を歩く時に気をつ  ける程度だったが、寒くなると時々痛みが走る。
  剥離骨折だったので、さほどの痛みはないのだが、即病院に行  かなかった己の馬鹿さ加減が改めてよく判った。母の病気の関  係で山を歩くことはほとんど出来なくなった。

  時間をみはからって城山に上る機会が増えた。

E 二番目の孫が出来た

  長男に男の子が出来た。どちらかと言えば奥さん似のようだ。   人見知りしないという事だったがある夕方預かってくれと息子が  連れてきたあと大泣きをし始めて困ったことがあった。本当に切  なそうに泪を流して泣く。子供の表情に邪気がないのがせめて  の救いであった。

  まだ10ヶ月なのだがおっさん顔になってきた。

F 二男が家を新築した

  まさかと思っていたら二男が家を新築した。しかも割り方市内で  ある。それほど蓄財能力のない男であるが、自分の兄弟を考え  ても二男というのは無駄遣いせず、こつこつ溜めて大きな買い   物をすると思う。それにもまして奥さんの努力があったのだろ   う。長男の私は子供の頃からお金を貯めることが出来ない性格  だった。それに引き替え弟はお金を貯める能力に長けていたと  思う。私の息子たちを見ていてもそれが引き継がれているよう   だ。秋口に食事によばれた。敷地はそれほど広くはないが部屋  は広く見える。物がそれほどないためでもあろう。息子たちの荷  物が我が家に処狭しと置かれている。父の家は戦災で焼失した  ので私が子供の頃にはそれほど多くの家財はなかったように思  う。両親の、私の、長男の、二男の三世代の歴史が我が家に詰  まっている。

  我が家は狭くなった。広い部屋での暮らしはさぞかし快適だろう

G 育児放棄された猫を拾ってきた

  6月15日に親猫に捨てられ、大雨の中隣の駐車場の車の下で  啼いていたオス猫も随分大きくなった。フクと名付けたその猫が  来てから、それまで飼っているおばさん猫プーはすこぶる機嫌   が悪い。面と向かって攻撃はしないが、近くに来ると威嚇する。  子猫のほうは遊んで欲しいとちょっかいをだすが、うなりながら   逃げていく。プーの専用席だった場所はいつの間にか座を奪わ  れた。夏の間は屋外で遊ぶことが多かったが寒くなると家の中  にいるようになった。プーは引き戸を開けることが出来るがフク  はまだそこまでは器用ではない。居場所がなくなったプーは専ら  私の部屋に入ってくるが、フクには入ることができない。プーは  部屋に入っても私の足下で寝ているだけだが、フクが入ってく   れば好奇心で歩き回るだろう。パソコン関係のコードがタップに  繋がれている。うっかり変なところを踏まれでもして電源を切ら   れては大変なので、フクを入れることは避けている。

  テレビのリモコンを踏まれて突然チャンネルが変わった経験が  ある人も居ると思う。

連れてきて間もない頃(6月)

すっかりおせらしくなった。(11月)

H 灯油ファンヒーターを買った

  我が家ではこの数十年灯油ストーブを使った事がなかった。母  は反射式の灯油ストーブを使っていたが、火が危ないので今年  初めてファンヒーターを買った。直接火が外に出ないために母   は柔らかい暖かさだと喜んでいる。その暖かさに惹かれて私も  ファンヒーターを購入した。それまで冬はどうして過ごしていたか  と言えば、小さな櫓コタツだけで、ただただ寒さに耐えていただ  けである。安物で性能が悪いため、コタツのスイッチを強に入れ  るとやたら熱い。弱にすると少しも暖かくならない。普通は小さな  足下用の暖房マットを入れて暖をとっていた。以前北海道から   来た人が宇和島は寒いと言っていたが我が家のことなのであろ  う。時には猫が入って暖房代わりになっていた。
  部屋全体を暖かくすると言うことは我が家では実に画期的な出  来事だったのである。

  老人になると、南国とはいえ冬の寒さは辛くなった。

 I デスクトップパソコンがおかしくなった

  11月の中頃であろうか。気温が急に寒くなった時である。電源  スイッチを入れても青いパイロットランプは付くが、本体の起動   を示す赤いランプが点灯しなくなった。これは参った。強制終了  させる逆を考えて、何度が電ボタンを押すとようやく本体が動き  始めた。これはどうやら寒さのせいではないかと思って知り合い  のパソコン専門店に聞くと、電源システムの異常ではないかと   言われた。そう言えば二度ばかり何もしないのに、いきなり画面  が消えて再起動したことがあった。
  何もしていないどころか作業の途中であった。何が起こったの   か理解できなかった。ネットで調べると同じような症状になった   人も多いようで、教えてGOOにはいくつかの解決方法が出てい  たが、どれも私には参考にならなかった。ウィルスの影響ではな  いことだけは確かである。室温が15度くらいになるとそれが出  てくる。室温が20度になるとまったく違和感はない。自分なりに  接点の異常だとは思っているが、それでは突然画面が消えた、  いやパソコンの電源が落ちた理由にはならない。気になるので  一番回答の多かったCPU回りの温度上昇予防のためにホコリ  を吹き飛ばしたが、寒くなって付かなくなったことと突然シャット   ダウンしたこととは無関係なのかもしれない。メモリー1GB、CP  U2.8GHzのXPも10年近く使っている。そろそろ寿命なのかも  知れないが、ウィンドウズ8だけは嫌である。基本的に私は98   が好きであった。XPも見てくれは98のようにしている。
  
  何時何時壊れますと前もって判っていればそれなりに対応する  のだが、これは突然壊れてしまう。予防注射はない。ウィルス対  策ソフトも役には立たない。何とか今の状態で維持して欲しい。

 追加・松井秀喜選手のプロ野球引退のニュースが入ってきたので、これも私の中では大きい出来事なので追加する。

 特にファンという訳ではないが、アンチ巨人の私も人柄の良い彼には一目おいていた。まだ星陵高校の野球部だった時にNHKが彼の特番を放送したことがあった。まだ高校生だった時にである。
その時だったと思うがボールの位置をミクロの単位で考える、とか言っていたらしい。一度他人の悪口を言ってお父さんからひどく叱られた事があったらしい。以来彼は絶対に他人の悪口を言わなくなったそうである。渡米してからの記者会見には必ずネクタイを着用していたことも印象的だった。

 NHKの特番では岩村明憲選手も取り上げられたことがあった。まだ一軍選手になる前である。さすがNHKは見る目が違うと感心した。後になってアメリカ大リーグでリーグ優勝に大きな貢献をしている。まだ岩村選手は若い。もう一度花を咲かせて欲しい。

 順番には格別意味はない。むしろIがトップに来るべきかも知れない。HPの更新が一ヶ月以上も無ければデスクトップが壊れたと思って欲しい。今のところノートは健在なのでメールは使えそうだ。

 この頁はテーブルを多用しているのだが、どうも不具合があるようで、実際アップしたものを見ると文字がずれている箇所があるが、面倒なので訂正しない。不精者の私である。


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