心機一転

新・私の独り言


無情の春

 改めて言うまでもないが、○○歳の誕生日を迎える頃から更に老化したと痛切に感じだした。とりわけ自覚するのは車の運転の時である。車庫入れが実に下手になった。とりわけバックで入ると必ず斜めになってしまう。仕方がないので以前他人がしていたように、ドアを少し開き、白線と平行になるように停めている。前の感覚も鈍った。外に出て見直すとまだ50cmも前が開いている。その50cmも気になるのでエンジンをかけて少し前進する。
 歳を感じるのは車の運転だけではない。。喉に違和感を覚え始めた。ある時食べ物が飲み込みにくくなった。??食道ガン?それが怖かったが、どうやら高齢化によるものらしい。聞けば同い年の人にはよくある現象らしい。気管支と食道が混乱して水を飲んでも咳き込むことがある。何時までも若くはないと言うことを自覚した。悲しいが現実である。
 物忘れもひどくなった。新しく買ったものをよく紛失する。古くからあるものはだいたい置き場所を決めているために判っているのだが、届いたばかりの郵便物を玄関先から部屋の何処かに持ってきた筈なのに、どこに行ったか判らない。先日も買ったばかりの靴下をさあ履きましょうと思ったら、何処に行ったのか判らなくなった。
 特に百均で買った物を見失うのは、その値段にあるのだろう。 
 孫の手が高額のものであれば、おそらくそう言う事はないのだろうが、現在多分四本はある筈の孫の手の存在は二本までしか確認出来ていない。

 思い出した!!。室内で歩いた時に足の小指を物にぶつけることが多くなった。滑舌が悪くなった。耳が遠くなった。目が霞む。同じ話を同じ人に何度も言ってしまう。起こりっぽくなった。涙もろくなった。手紙を書いていて漢字が出てこなくなった。地名、人名、物の名前が出てこなくなった。指先が不器用になって物をよく落とすようになった。机の下をのぞくと自分では気が付かなかった何かがよく落ちている。食事の際もこぼすことが多くなった。箱の開封が下手になった。きちんと規則に従って開封すれば簡単にできるのだろうが、途中で手順が判らなくなって、箱や袋をハサミで切ってしまうことが多くなった。肌荒れ、小じわ、シミがひどくなった(?)etc

 仕方がない、生きている証拠だとあきらめるか。

 本当は、最後の小見出しは「復活の春」としたかったのだが。復活には至らなかった。本当に加齢とは無情なものだ。

憤怒の春

 先日寝ようと思っていたところに、東京の友人から携帯にメールがあった。怒りまくっていると書いてあった。その時の私は今の時勢にはあきらめを覚えていたので、そう書いて返信した。すると考えが違うのかな、との再信がきた。携帯のメールは文字打ちに手間取るので、直接電話をしたら酔っぱらった当人が出た。

 その時には私は先に書いたように世の中あきらめていた。
 一歳と二ヶ月になる孫が先日また喘息で入院した。RSウィルス感染による肺炎が原因だった。昨年の12月から三度目の入院であった。毎日短時間見舞いに行っている。点滴チューブに繋がれた孫も慣れてきたのかそれほどチューブを気にしなくなっていた。
 その帰りに病院を出る時、黒服姿の男達が非常用通路の壁際に大勢たむろしていた。製薬会社の関係者だろうか。春先にはやたらとスーツで首から名札をかけた人たちを目にする。仕事の上では仕方がないのだろうが、ヒラメのように上ばかり見ている雰囲気が伝わってくる。

 話がまったく別な方向に進んでしまったが、彼らに怒りを覚えている訳ではない。たまに見るテレビで否応なしに見せられるCMが非常に不愉快になってきた。以前からテレビCMには好感を覚えることはなかったが、最近特に気になり始めた。印象を強くする為にことさら奇抜な映像を流す。例えばこれは愛媛県だけに限定されているCMで、ユーチューブでも取りざたされているらしいが○田引っ越しサービスのCMでは可愛い女性がバリカンで丸坊主になるものがある。可愛いだけにインパクトが強い。ここのCMでは以前、背広姿の男性の頭にいきなり水をかけ頭をマッサージるというものがあった。インパクトは強いが下品極まりないCMだった。

 経済学に「悪貨は良貨を駆逐する」と言うグレシャムの法則があるが、これは経済だけに限ったものではないと思う。こうして世の中はだんだんと劣化していくのだろう。今薄型テレビの売り上げが激減しているらしい。テレビは消耗品ではないのだから、ある程度普及すればそれ以上は延びる訳などはない。地デジ化で旧来のアナログテレビでは番組が見られなくなると言うことで、デジタル対応テレビが一時期は売れた。こんな姑息な手法を使わなければ家電の売れ行きも伸びないのだろう。風呂場で見ることのできる防水テレビだとか、高画質のものとか次々と新商品の開発が行われているようだが、何事もほどほどが肝要なのではないだろうか。省エネを唱いながらも無駄な電力を使わせようとしている気がする。デジタルフォトフレームなど無意味に思ってしまう。東日本大震災の直後に見たお掃除ロボットのCMには違和感を覚えた。 
 

 そう思いながら見るとテレビCMは異常である。280円の牛丼を食べているいい大人が一口食べて恍惚の表情をするCMがあった。いや、牛丼ばかりではない、洗剤のCMでも大げさにうっとりするものがあった。奇妙なダンスを踊っていたりする警備会社や防虫剤のCMもあった。他社との差別化を図るために奇抜なCMを造るのであろう。そうした結果ますます下品になっていくのだろう。
 スイスの会社自体はいろ取りざたされているが、ネスレのインスタントコーヒーのCMに「山鹿灯籠まつり」を使ったCMがあった。聞いた話では制作には1年ほど時間を要したらしい。あのCMは気品があった。それは映像、音楽に気品があったからなのだろう。もうあのような苦痛にならないCMを見かけることも少ないだろう。
 今地球上でどれだけ飢餓で苦しんでいる子供がいるのだろう。特にアフリカでは多くの子供達が飢餓や伝染病で亡くなっている。確かに不味いものよりは美味しいものを食べたい。快適な毎日を送りたい。それは当たり前のことなのだろうが、CM制作者は余りにも唯我独尊になっているのだはないだろうか。よく言われることだが、番組はスポンサーの顔色をうかがいながら造られているらしい。これは私の学生時代から言われていたことだ。刑事ドラマで、犯人も追う刑事もスポンサーの自動車に乗って逃げたり追っかけたり。家に帰ると同系列電気の冷蔵庫、テレビがある。とりわけ不愉快になるのは、時と場所を選ばないことである。悲しいニュースのすぐ後に、ふざけてはしゃぎ回るCMにはぞっとする。
 昔なら誇大広告に該当するCMも隅の方に小さく「個人の感想です」と入れることで責任を逃れている。礼儀正しい日本人がいた頃には何事にも時と場所を選んでいた。テレビが茶の間に入ってから世の中が崩壊してきたのだろう。今はもう定年を迎え教壇に立つことはなくなったが、高校教師をしていた友人がいた。生徒の非行の問題で家庭訪問をしても、我が子の問題について話している時に、テレビを付けっぱなしで、ちらちらと画面を見ている親がいたそうだ。彼がテレビを消してくれと口にするまでそれが如何に無礼なことなのか気が付かないらしい。そんな親に育てられたら子供も平気で悪いことをするのだろう、と嘆いていた。

 ずっと昔、「○の素商法」と言う有名な言葉があった。ある化学調味料の会社の売り上げが伸び悩んで居た時、一人の社員の提案で調味料の容器の穴を大きくしたところ飛躍的に売り上げが伸びたそうである。私が子供の頃は、この調味料はお鍋一杯のみそ汁に耳かき一杯分の量を使用するよう説明書には書かれていた。売り上げが倍になったと言っても消費者が倍増した訳ではない。一人の消費者が倍の量を使うことになっただけに過ぎない。本来ならば消費量が10で済むはずのものを20にされてしまった訳だ。10は余計消費でしかない。

 世の中がおかしくなったのも、その根底にはこう言った消費が美徳と考えられた時代があるからではないだろうか。これからは所得者層では中間層が消えてしまい、ますます貧富の差は拡大すると言うのが経済専門家の大方の見方であるらしい。源力不足と言われても道路沿いには飲料水の自動販売機が至る所に見られる。

 そう考えると次第に怒りがわいてきた。以前にも書いたと思うが、物事が便利になることは確かに有り難いのだが、その反面大切な何かを失っているのではないだろうか。

 テレビCMに端を発した私の怒りは整然とした理論構築のないまま血圧を高めるだけのことになった。突然思い出したが、WBCの試合の時、元巨人の桑田眞澄氏が「ドームラン」と言う言葉を発したらしい。東京ドームでの野球の試合では、巨人の選手が大きなフライを打つとそれが送風機か何か空気を調節する機械で外野席スタンドに飛び込むらしい。いわば球場関係者も参加しての試合になるらしい。当然相手チームの攻撃の時にはその逆もあると思えてしまう。まったくフェアではない。

 何事にもフェアではなくなった今の世の中、せめてスポーツの世界だけでもフェアであって欲しかった。

 

沈黙の春

 上の見出しは別に特別な意味が有る訳ではないが、下の流れをとって格好付けただけ、と言いたかったが、無理矢理こじつけてみる。

 最近朝起きてもテレビをつけることが少なくなった。朝のテレビ放送もいつの間にか変化してきたように感じる。良い方にではなく、悪い方に。何時までたってもテレビ大好き人間が私の周囲に居るのだが、テレビが破壊したとまでは言わないが、悪影響が大だと思う。テレビのない静かな朝を過ごしていると、沈黙の春などとマイナーな表現ではなく静かな、とでも言ったほうが良いのかも知れない。

 食前に庭で放し飼いにしているスズメのさえずりを聞きながら新聞に目を通す。楽しい記事を捜すのだが、そんな記事は余り目にしない。腹が立つような暗い記事が多い。ほとんど前夜ネットのニュースで知ったものばかりである。新聞の購読者が減っていると聞いたが、さもあらん。テレビでも同じだが横並びの記事ばかりである。まだ新聞の方が繰り返して読む事が出来るし、解説にはたまに珠玉のようなものも見る。

 テレビ番組が下らないのは、手抜きが多いせいだろう。何処を回してもふざけたお笑い芸人が楽屋話に終始している。NHKさえもが驚くほど劣化してしまっている。さしずめまともに思えるのはEテレくらいだろう。昔は総合放送が今のEテレのようだった。

 母を病院に連れて行ったあと、迎えを呼ぶ電話がくる迄の時間はかなり苦痛であr。フリーなようで束縛されている。その時間を少しでも有効活用しようと、その時間を使って御歴代事記の文章を選んで文字打ちを始めた。朝なので目も少しはましだ。それでも日によってかなり差がある。本当は太陽が顔を出している間は、、部屋の中の蛍光灯の下でパソコンに触っているよりは屋外で陽光を浴びるほうが遙かに健康に良いことは判っている。

憂鬱な春

 もう四月も半分過ぎようとしているにもかかわらず、全くもって何も手に付かない。三月頃からぼつぼつ文字打ちをしていた「御歴代事記」も中々進まないが、取りあえず元和、寛永までをアップした。
 漢文調なので、文字を打つのに難儀する。熟語として出てくる訳がない。いくつかは辞書登録をして多少時間が節約できた。
 私は全くの門外漢なので、ます読み方が判らない。被下置候=は『くだしおかれそうろう』と読むことは何とか判明したが、意味はだいたい想像できるがチンプンカンプンである。似たような文字が多いために文字を打っていたら、いつの間にか別な行を打っていたり、同じ行をだぶって打つことがあった。しかも同年と並んでいると一体何時の時代なのか判らなくなってくる。本の文字は小さいし私は眼が悪いときているから、困難なことこの上もない。しかし、私が見るのは活字になったものである。原文を翻刻する作業にあたった方々はさぞかし難儀されたことだろう。同じ人が全て読むのであれば、書かれた文字の特徴とか文脈の前後で人名などの判読が出来たであろうが、何人もの人が関わっていたらしい。解読する人の癖も出てくるだろうから、完璧なものを求めるのは難しい。しかもそれらをまた印刷に回す段階で多少のミスが出てくるだろう。

 先日血糖値が驚くほど上がっていることを指摘された。かなり以前に遡るが血糖値が225になった時があった。ショックだったが体重を減らすことで次に測定した時は半分の110に下がっていた。医者からは「ドラマチックですなー」と言ってもらった。さて体重を落とさなければならないのだが、私にとっては実に憂鬱な春である。
(4月14日)

痛哭の春

 三月に帯状疱疹が出来てからと言うもの、私の周囲ではろくなことがない。帯状疱疹そのものは治まったのだが、神経痛に悩まされている。私の身体のことはまだ良いのだが、相次いで悩ましい問題が多発している。いちいち取り上げるときりがない。
 それにもまして、最近大恩の有る方が亡くなったと知ったことは驚きであった。それを知る少し前に、友人のお母さんでもあり、母の同級生かつ私の仲人だった人が亡くなった。訃報を知った母の動揺はかなりのものであった。母はぼけている。しかし同級生の死はしっかり受け止めていた。訃報を聞いた当日夜分に母を連れてお悔やみに行った。翌々日がお通夜で、これにも出掛け、葬儀にも行った。お通夜、葬儀ともに母が理解する情報は混乱していた。

 お通夜の日は朝から喪服を着て居るので問いただすと、時間を勘違いしていたらしかった。斎場の駐車場が狭いためタクシーで出掛けた。翌日の葬儀は正午からなので11時半にタクシーが来るように予約して、私は近くの道の駅に野菜を買いに出掛けた。帰宅すると母の姿が見えない。しばらくすると喪服姿の母はタクシーで帰ってきた。お金も持たずに乗ったらしい。時間は午前10時頃だった。どこに行ったのか問いただすと友人の家に行ったと言うが、おそらく斎場に行き時間を間違ったこととお金がなかったことに気が付いたのだろう。決して自分の過ちは認めない母である。

 葬儀が済むと今度は父の十三回忌の話をし始めた。これは三月上旬にきちんと話をしていたのだが、記憶にないらしい。
 今回は親類は呼ばないと言っていたくせに、父の従兄弟や甥や姪がどうのこうのと言いはじめた。

 そのやさきに大恩ある方の事が耳に入った。二月頃亡くなられたらしい。何一つ御恩に報いることが出来なかったことは痛恨の極みであった。

 新年度を迎え、私も心を新たにして残り少なくなった人生を清く生きたいと覚悟を決めていただけに、三月末から突然周囲に起こった出来事は実に当惑する事ばかりであった。

 猫の「フクちゃん」も3月28日にまた居なくなった。毎晩帰って来る事を願って、窓を少し開けているのだが、春とは言えまだ夜風は冷たい。


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