心機一転

新・私の独り言


アボガド無惨!

 6月も終わりに近づいた金曜日の朝、老母を病院に連れて行き、帰宅して庭のアボガドに水をやろうとして、驚いた。昨日まであったはずの場所に見あたらないのである。3月にアボガドを植えた時に寒さよけのためにビニールの覆いをしたのだが、その支柱に母の洗濯物がかかっていた。ぬれては居ない。昨夜は雨が降ったから早朝に母が干したものだろう。アボガドは故意かそうでないかは判らないが母が抜いてしまったのだろう。どことなく悪意を感じたのは抜かれたはずの残骸が何処にも見あたらなかったことである。

 このアボガドは2月に室内で芽を出し、植木鉢で育成していたものだった。昨年は大きくなりすぎて露地植えをしようとした時に失敗して折ってしまった。今年は20cm位伸びたところで露地植をした。
 葉っぱが美味しいのか、ナメクジに喰われてしまい、もはや駄目かと心配したが、なんとか持ちこたえ、新芽も沢山付け50cm位の高さまで伸びてきた。週に一回は薄目の液肥をやり、手塩にかけて育てていただけに、抜き去られたショックは大きかった。

 まだこの次アボガドを育てる可能性はある。しかし今回は大きくなるだろうと期待をしていただけに久し振りに怒りを感じた。それまで周囲におのれ生えしていたミョウガを片っ端に根本から鎌で切りとった。本当はミョウガの花が咲き、新芽を食べることを楽しみにしていたのだが、怒りは理性を消してしまった。

 アボガドを植えた時に好奇心の強い「フクちゃん」が見物に来ていた時の写真があったはずだと思って捜したが、見あたらなかった。アボガドを植えて間もなく「フクちゃん」は居なくなった。それから三ヶ月後、アボガドも消えてしまった。おのれ!ばばあ!と叫びたいところだが、言っても無駄だ。あきらめて生きるしかない。今日は金曜日だ。今週もなんとか終わったではないか。来週は意を決して自分の診察の為に病院に行かなければいけない。今まで老母の事で時間が取れず、ついつい先送りしていたが、何も自分まで症状を悪化させることはない。軽ければそれで良い。(6月28日)


また、別なサボテンの花が咲いた

 ライバル意識が強いのだろうか。今度は別なサボテンの花が咲いた。様々な種類があるので、それぞれの名前は知らないが、下のサボテンには「何とか丸」と言う札が付いていたが、上のサボテンは息子が勤め先からもらって来たものを株分けしたものである。
 数日前から茎がスーと伸びてきて、今朝見ると大きな白い花を付けていた。束の間の自己主張である。(本当は全体を見せたいのだが、植木鉢ではなく、ヨーグルトの容器で格好悪いのでカットした)(6月22日)


サボテンの花が咲いた

 今年もサボテンの花が咲いた。ずっと以前ホームセンターで初めて購入した小さなサボテン。機嫌が悪いと花を付けない年もある。

 ほとんど手入れをしていないにも関わらず今年はきれいに花を咲かせた。サボテンは無精な私には似合いの植物だ。

 サボテンは花を付けてくれたが、庭の「エビネ」は去年も今年も葉は延びるのだが全く花を付けない。

100均でゴミを買う

 値段そのものが廉価なせいか、それほど気にはならないが、このバケツには参ってしまった。買ってそれほど期間は過ぎていないにもかかわらず、100均で買ったバケツが持つ一方でボロボロと壊れていった。ずっと以前に購入したバケツはしっかりして、今でも使用に耐えうるのだが、このバケツはもろかった。流し台の上で幸いだった。淡水魚の水槽の為に10リットルのバケツをいくつか買っている。水道水のカルキを抜くために一つは物干しに水を入れて置いているのだが、嫌な予感がしたので、流しの上で水を入れた。以前水を入れて運んで居た時にバケツの取っ手が外れて水が廊下にこぼれて大変な思いをしたことがあった。
 そのために100均のバケツは取っ手を持たないようにしていた。底に手を入れようと軽くフチを持ったところ、指を添えただけでボロボロと劣化して壊れていった。大笑いしそうになった。

 考えて見れば私が100均で買って役にたったものと言えば、クリアファイルくらいであろうか。それ以外はほとんどゴミを買うようなものである。使い捨てと言った感覚で何かを買ってしまう。それにしてもこのバケツはひどかった。だが、先日買った魚用の網もひどかった。まずネットの形状から水に入れてすくうと抵抗が強くて、網が簡単に動かない。そのうち手元で柄が折れてしまった。昆虫用の網もあったが似たようなものだろう。やがて夏休みともなれば日本全国の子供達が水遊びに興じて、網を買う人も居るだろうが、これは頂けない。

 そう思いながらも周りを見渡せば、かなり100均ブランドのものが見つかった。ミニタイマー、ブックエンド、名刺フォルダー、寒暖計、水温計等々山ほどあるのに気が付いた。

(6月19日)


「夜と霧」と「休戦」を読んだ

 5月からプリーモ・レーヴィの「アウシュビッツは終わらない」(これが人間か)を読み始め、続いて「休戦」を読み終わった。私はアウシュビッツの事といえばヴィクトール・E・フランクルの書いた「夜と霧」しか知らなかった。東京のYさんからレーヴィを教えて頂いたのはつい最近のことであった。フランクルの場合は本を読んでいてもなかなかイメージはわいて来なかったが、レーヴィの書いたものは文字の中に私なりに様々な映像が自然に浮かんできた。「アウシュビッツは終わらない」のあと「休戦」を読むと更に彼の文章の中には多くのものが見えてきた。

「休戦」はドイツが連合国に降伏してから後レーヴィが故郷に帰るまでの長い道のりを書いたものであるが、化学者の彼は克明に生き生きと彼の周囲の人間を描いている。深刻な状況下でこの二人が冷静な記録を残すことが出来たのは、前者は化学者、後者は精神科医という研究分野は異なっていても、学者としての目があったからだろう。

 とりわけレーヴィは観察力が旺盛で、その分析力と表現力はすばらしい。「夜と霧」は高校生の頃に読んだ記憶があるが、おぞましい収容所での記録と言った印象しか残っていなかった。
 先日Eテレで「夜と霧」を取り上げた番組があり、そのことで再読しようと思っていたところにYさんからレーヴィのことを教えていただいた。読み物としてはレーヴィのほうが遙かに読みやすいし読んでいても頭のなかに入ってくる。フランクルの場合は文章の中にやたらと説明が多い。おそらく精神科医と言う立場上様々な事象に対してそれの説明が必要になってくるのだろう。それに誰かの言葉の引用が目に付いた。

 この二人の違いに気が付いたのは、レーヴィの本では「ナチス」という言葉が出てきたと思うが、フランクルの本には、私の見落としがあるかも知れないが、一度もその単語は見えなかったような気がする。逆にカポー(収容所のユダヤ人を支配するユダヤ人)と言う単語は「夜と霧」には度々出てくるのだが、レーヴィの著書では出なかったような気がする。この意識の違いは何だったのだろう、などと思いながらも、今「夜と霧」が何故我が国で再評価されているのか思えば、あの東日本大震災に帰結するのではないかと考える。実際テレビでも被災地の医師の言葉の中にフランクルの言葉が出ていた。震災で避難している方々の心の中に生きることの意味づけをすることが大切なのではないかと思えた。

 日本では今はこうして震災と言う大きな問題が身近にあるが、私はこれらの本は日本に限ったことではなく、地球上に人類の存在が続く限り、大勢の人に読んでもらいたい書籍であると信じている。幸いなことに「夜と霧」は21世紀に残したい本の一つに選ばれたらしい。

 「夜と霧」も「アウシュビッツは終わらない」もどちらもおぞましい体験を書いたものである。人間の尊厳をここまで残酷に打ち砕くのかと思った。しかしどちらにも少し救われるものを感じた。「夜と霧」ではフランクルにパンを恵んでくれた人間の温かさを持った収容所所長が出てくる。レーヴィの「休戦」にはヒトラーに開戦の抗議の手紙を出して追放になったまともな精神の持ち主であったドイツ人の女性が登場してくる。それまでレーヴィに冷淡な態度を取っていた彼女は、彼がドイツ人ではなくユダヤ人である事を告げると途端に穏やかな表情になって、ドイツから追放されたいきさつを語ってくれた。

 以前ヒストリーチャンネルのある番組で、連合軍がドイツが敗戦した後に強制収容所の様子を地元のドイツ人に強制的に見せていた様子を映像で流していた。強制収容所の様子を見たドイツ市民はそこに見る残酷な光景にみな一様に目をそむけていた。中には涙を流している人もいた。

 これについてはフランクルもレーヴィも書いている。


 彼らドイツ市民は言う

「私たちは何も知らなかった。知らされていなかったと。

 そうしてフランクルもレーヴィも同じように書いている。

「彼らは知ろうとはしなかったのだ」と。

 高校生の時に読んだのは霜山徳爾の翻訳のものであった。
近年になってドイツ文学者池田香代子の翻訳による新版「夜と霧」が刊行された。旧版のものは読んだ事があるという記憶だけでほとんど覚えていなかった。「夜と霧」の新版を改めて読み直してみた。正直言って読みにくさを感じた。それが次第にボディブローのように効いてきた。

 その理由は何か考えてみた。

 フランクルの文章には説教めいたものが感じられる。レーヴィーの本では読む人を引き込む描写を感じる。周囲の人間観察も面白い。
 先入観なのかも知れないがフランクルは職業柄(精神科医)人間の内面考察にこだわっている。レーヴィは化学者であるが故に対象を観察する力に長けているのではないだろうか。従って一般的に読む場合、レーヴィの本の面白さに圧倒される。フランクルの言葉は個人の内面に語りかけてくる。その言葉はある意味普遍的であればこそ、真実として自覚してくるのではないだろうか。

 この世に中にはまともな人間とそうでない人間の二種類が存在している、とフランクルは述べている。性善説と性悪説。先日テレビニュースで生後六ヶ月の子供に実験したところ、弱者に同情する子供が圧倒的に多かったという結果が出たらしい。この実験の様子を見たが、面白い手法をとっていた。

 無垢で純真な子供の心が環境次第で変わってくることは言うまでもない。

 フランクルはニーチェの言葉を借りて述べている。

「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐えうる」

 「夜と霧」の終わりのほうで、厳寒のしかも停電で漆黒となった闇の中で、絶望的な毎日を過ごしている強制収容所の住人にフランクルは「生きることの大切さ」を説いている。これには驚くばかりであった。

 この事が大震災で被災した患者を診療する東北の医師の心に通じるものがあったのだろう。
 

 改めて違いについて考えた

 同じアウシュビッツという強制収容所の数少ない生存者が書いた二つの本について、何が違っているのか考えていたが、その違いについての明確な言葉が私にはなかなかみつからなかった。

 ある夜床についているとき、ふとこれがそうなのか、と思ったことがあった。それぞれの違いについては前にもいくつか枝葉のようなことは述べていた。見当違いになるかも知れないが誤解を恐れずに述べてみよう。

 フランクルの著書では人間という存在の個の内部についてのものが多く書かれている。
それに対してレーヴィは、類的存在としての人間社会全体を通しての問題を書いているように感じた。「ナチス」と言うドイツ社会をむしばんだ組織集団を示す言葉と「カポー」と言う立場的にはある地位を表す言葉もユダヤ人内部での存在である。
 この違いが二人の書いた著書の表現の違いになったのではないだろうか。フランクルは人間の個について、レーヴィは社会全体を通して人間を描いている。
 研究書として読む場合にはフランクルの「夜と霧」は興味深い書物である。人間社会のドラマとして読む場合にはレーヴィの本は私をその時代にその場所に引き込んでくれる。

 今更ながらようやく気が付いた。

 

 最近キーの打ち間違えが極端に増えてきた。ピッチが少し短い新しいものに変えたことも原因の一つには違いないが、それにもまして初期認知症に近づいたことを実感する。

 老眼も進んだ。小銭入れからお金を出そうとすると、一円玉も百円玉も区別がつかない。白いか黒っぽいかしか見分けがつかない。万事がこんな様である。野鳥を撮ろうと林道を歩くことがある。メガネがなければ何も見えないし、かけていても鳥が余程近くに来ない限り、姿が判らない。

 林道の先に何かが動いている気配がする。黒い影が白い道の真ん中で動いている。カメラを構え何度もシャッターを切りながら、忍び足でそろそろと近寄って見ると、木の枝であったり石ころであったりと言うことが何度もあった。逆に気が付かないまま歩いているといきなり足下から鳥が飛び立って驚いたこともある。

 血糖値が高くなった。4月に250あった。以前にも同じような数値を出したことがあったが、その時には体重を3kg程下げて血糖値も110に下がったことがあった。朝から甘いものをよく食べて居たからだろうと思った。今回も減量に挑戦してみた。米のご飯をほとんどとらないようにした。しかし一ヶ月過ぎて計ったが250に変わりはなかった。これはショックだった。

 認知症と高血圧と糖尿病ではトリプルパンチだ。

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