心機一転

新・私の独り言


9月のまとめ


四度目の腎臓結石

 まずはさておき、9月の14日土曜日の早朝背中が痛くて目が覚めた。実に嫌な痛さに、即腎臓結石を思い出した。2011年の秋に初めて患って以来これで四回目になる。早速病院に行ってレントゲンを撮ってもらうと間違いなく右のほうに影が映っていた。まさかこれが一ヶ月以上も私を悩ますことになろうとは思ってもいなかった。
 これまでの体験から自然排出出来ると甘い読みがあった。丁度日月と連休にかかるが、先生は「火曜日になっても痛むようなら市立を紹介するけん」とは言ったものの、それほど面倒な石だとは思わなかったのだろう。土曜日の夜は痛みのために一睡も出来なかった。ふと昔別な病院でもらった痛み止めの座薬が冷蔵庫にあることを思い出した。それを使用するとそれまでの痛みは嘘のように消えていった。痛み止めがこれほど効果があるとは考えても居なかった。しかし見事に6時間経過すると痛み始めたが、また薬を使って穏やかに睡眠を取ることが出来た。
 休みが明けた火曜日には痛みは全く感じなかったので、多分石は排出されたと思っていた。ところが水曜日になると痛みはひどくないが背中に違和感がある。再び病院に行きレントゲンを撮ってもらうと、石は土曜日にあった場所から数センチしか下がっていなかった。即座に市立に紹介状を書いて貰い、その足で市立に向かった。検査の結果、自然排出は無理で処置が必要だと言われた。処置方法として音波による破砕と尿道から管を通して破砕する方法があると説明を受け、気弱な私はとても尿道に何かを入れられると思っただけで生きた心地がしない。金額はかかるが音波による破砕をしてもらうことにして、翌木曜日についに生まれて初めての石を壊す処置を受けた。まあ、案ずるより産むが易しとはよく言ったものだが、それは結果論だ。本当に不安だった。

 先生は石を破壊することには成功したと言われたが、壊れた石の欠片が尿菅に残って傷つける可能性があるとの説明を受けた。
 10月1日に検査をした結果、石の残留分子は意地悪く尿道に留まっていることが判った。
 服用していた薬をウロカルンから前立腺肥大用の薬で排尿作用に大きな効果のあるハルナールDと言うものに替えた。これは実によく効くと実感するほど、水分を取れば取るほどおしっこがよく出る。家にいる分には良いのだが、旅行にでて困ったことがあった。(それにしてもこんな話を世間様に公開するなどとは私も本当に恥知らずになったものだ)
 それからしばらくして12日〜14日と私は旅に出た。久し振りにJRを長時間利用した旅であったが、この時ばかりは利尿作用の効果絶大の薬には閉口した。まめに水分を補給することに努めていた私は250ミリのペットボトルのお茶を飲み干す度に揺れる予讃線、山陽線、新幹線の車中で何度もトイレに行かなければならなかった。

 若い頃にはそれほど苦痛はなかった列車の旅も高齢になってくると苦行難行、むしろ拷問に近いものを感じた。
 道中の苦痛をのぞけば今回の度は実に有意義で楽しいものであった。ずっと昔すぐそばに住んでいたことがあったのに、生まれて初めて足を運んだ場所が沢山あった。

 そうして先日ようやく無事に我が家に戻りついた。花の都と地方都市、新幹線と在来ローカル線、この対比は実にうり二つだと感じた。金を稼ぐことの出来るところには過剰なサービスで対応し、その逆の立場のところは切り捨ててしまう。どこもそうなんだろうな。

国道56号線・城南中学前の歩道橋が変わった

 

 この予告の横断幕を見た時には、実況で見たいと思っていたが、野次馬として見物しては深夜に労働している人に申し訳ないと思い見るのはやめにした(本当は無精だったため)

 東高西側から城南の前を見たところ。古い陸橋が残っていた頃。

 撤去されてすっきりとした。

 城南前から鶴島方向を見たところ。

 城南前から鶴島方向を見たところ。撤去後

 上の写真を撮った場所の天赦園側から。

撤去後

東高南側から城南方面を見る。撤去前

撤去後。すぐに水道ポンプ場には陸橋のタマゴが出来ていた。

長い期間ずっと下積み、初めて日の光が当たるのも束の間。この土台もすぐに消えていくのだろう。

その横には次代を担う新しい土台が準備されていた。

天赦園グランドで出番を待つ新しい歩道橋

今はもう姿の消えた歩道橋のプレート

新しい歩道橋が実際に使えるまでにはまだ、時間がかかるらしい。

新しい橋が架かってから宇和島はしばらく天候が悪かったので、新しいものをまだ写真にきちんと撮っていない。


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