心機一転

新・私の独り言


 卯月の終りに

 早いものでもう一年の三分の一が終わろうとしている。
 私は4月になってから友人に誘われて早朝ウォーキングを始めた。午前6時に友人と待ち合わせ、一宮様から野川と時計の逆回りで、えんま様の橋を過ぎ六兵衛坂を通り木屋の前を通って家に帰るコースをメインに歩いている。家を出かけて約1時間、4km前後の距離で歩数計では8000歩くらいである。歩き始めた頃にはまだ野川では霜が降りており、ダウンジャケットを着ていなければ寒かった。いつの間にか薄手のジャンパーに変わっていた。(日中は暑いが朝はまだ肌寒い)最初は雨天と毎週日曜日を定休日に決めていたが、結局休んだのは6日の日曜日とお講で飲みすぎた翌日だけであった。12時まで飲んでいても翌日はきちんと起床して歩いた。
 体重は下がったと喜んだのもつかの間。逆にお腹が減ってきて食欲が湧いてきたために数キロ増加してしまった。
 目覚ましは5時30分にセットはしているがなる前に目が覚めてしまう。一度など時間を間違えて朝の3時に起きてしまった。その日は寝不足で一日中気分が悪く、血圧を測ると110-60とかつてない低い値だった。時間が許せば10分でも昼寝をするのだが、なかなか昼寝の出来る環境ではない。たまに昼寝をしていても来客で起こされてしまうことがある。これもまた気分が悪くなる原因になってしまう。
 しかし天気の良い早朝の町を歩くのは気分が良い。特に野川までの道は勾配があるので急ぎ足で歩くと良い運動になる。翌朝のことを考えると夜更かしをしなくなったので健康には良い。

 以前ある人から私の暮らしぶりは悠々自適だと言われたことがあったが、私はそう言う暮らしを送りたいと思ってはいてもとてもそんな状況ではない。結局上辺だけでしか判断されていないのだろう。部屋の片付け作業も結局中途半端な状態のままで新しいポジションを迎えることになった。本当は身の回りをきちんと整理してからそのポジションに付きたかったのだが。

パックに入った弁当

 もう何十年も昔の話である。四十歳に手が届く息子が、小学生の頃スポーツ少年団(通称スポ少)でサッカーに明け暮れる日々を過ごしていた。同じスポ少のメンバーに小学校を卒業することもなく病気のために短い生涯を終えた子供がいた。

 おそらくその子の母親は仕事が忙しかったのだろう。対外試合に出かけるときにその子の持参していた弁当はコンビニの弁当だった。いや当時はまだ宇和島にはコンビニは出来ていなかったからスーパーで買ってきたものだったのだろう。私はそれを見たときショックを受けた。哀れみを覚えるとか同情をするという類のものではないが、親が心をこめて作った弁当を食べている大勢の子供に混じってパック入りの弁当を食べている子供がいるのを見たときは、私の世間の狭さを痛感した。そうしてその子が卒業を待たずに他界したことを聞いたときにはさらにショックを受けた。子供とは生死をそれほど痛切には感じていないのだろうか、その子が病気で亡くなったことを息子は淡々と話していた。

 世間一般で言われる幸福とか不幸とかの問題ではない。その子はもっともっと生きていたかったのだろう。親もそう願っていたのだろう。先日ヤフーニュースの中に小学生がパック入りの弁当を云々という記事を見て、ふと何十年も昔のことを思い出した。なんともやりきれない。
 私はパックに入った弁当が悪いと思っている訳ではない。悲しいことに世の中はいつの時代も不条理にあふれている。


宇和平野のマンモス

 四月五日,朝のNHKローカルニュースで西予市の田んぼの中に稲わらで作ったマンモスの親子像があることを知った。土日は私のデフラグ作業もオフの日にしている。天気はあまり良くない。朝歩いていたときには青空も見えていたが今にも雨になりそうな空模様なので朝食を終えると急いで出かけた。JR伊予石城駅の近くの田んぼの中にそれはあった。面白いオブジェだと思った。写真を撮っているとどこからともなくカメラを持ったおっさんがやってきた。どうも地元のおせっかい小父さんらしい。私は背後の国道を走る車とオブジェをダブらせて撮っていたのだが、その私にカメラの場所を変えて遠くに見える藁グロを一緒に撮ったらどうかと言う。確かに宇和平野には昔は宇和島のどこにでも見る事のできた藁グロが点在しているが、藁グロは風物詩である。
それぞれ人造物ではあってもこのマンモス像と藁グロとは似合わないと断った。コンテストに応募するのかと聞いてきた。この人の感性は私とは違うと思ったがこういう感性の人が写真コンテストに応募して何かの賞でも取るとなると時代が変わったということではすまないと思った。
 先日ふとヤフーの質問箱か何かで見たあることを思い出した。筒井康隆の「おれの血は他人の血」という小説がある。まだ彼の本領を発揮するまでにはいたらないがストーリーは単純で面白い小説だったと覚えている。それに関してある人から「筒井康隆のどこが面白いのか」と言った内容の質問があった。愚問でしかない。こういうものは感性が判断するもので理論ではない。文学に限ったことではない。音楽、絵画など個人の感性を外部に表現するものはみなそうだろう。面白いと思う人が楽しめば良いだけのことである。そう言えば昔見たキューブラックの「時計仕掛けのオレンジ」の中に両目の瞬きをすることさえ許されず、器械でまぶたを開けられ、目薬を注入されながら交響楽を無理やり見せられるシーンがあった。あれは拷問以外の何ものでもない。(この映画を見たとき、これは十年早いと思ったが)そういうことからすれば今のテレビ番組の多くは私にとって拷問に等しいものが多すぎる。
(※藁グロ=刈り取った籾殻をとったあとの稲穂を田の中に積み上げたもの)
 


デフラグな日々D

 4月1日から突然友人に誘われて早朝の散歩を始めた。朝の6時に示し合わせ、およそ一時間ばかり歩くのだが、ゆっくりのんびり歩くのではなく出来る限り早足で歩くのである。6時に待ち合わせなのでそれに間に合うためには朝の5時半には起床しなければならない。そのためには午後11時までには床に就かなければならない。宵っ張りの私にはかなりのプレッシャーだ。しかも私を誘った友人は毎日三十分は昼寝をするそうであるが、私は日中は片付けをするために寝るスペースなどない。
 毎日夕暮れ前には急いで寝るスペースを確保するための準備をしなければならない。ある時、日が暮れる前にあちこちから出した主にコピーの入ったキャリーを片付けながらふと昔見た吸血鬼ドラキュラの映画を思い出した。ルーマニア、トランシルヴァニア地方の夕暮れ、住民たちは急いで窓を閉めニンニクをドアに下げる。私もそれに似ているなと一人で納得した。
 しかし最近何もかも面倒臭くなってきた。無精者に拍車がかかってきた。おかしな話だが寝返りを打ちたいけれどそれさえも面倒に思い、ずっとそのままの姿勢でいるときがある。手の届くところにある何かを手に取ることさえ面倒に思うことがある。頭の中では動こうと思うのだが動くことさえ面倒なのだ。

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