心機一転

新・私の独り言


皐月も終わる頃


 5月24日松野町でひらかれた「伊予美人ライブ」に出かけた。ライブについてはどなたかFBなどで紹介しているだrとうから、ここでは書かない。
 当日は屋台が出るので私は最初から飲むつもりでいたからJRで出かけた。ライブ開始は18時30分、それまでに飲む時間を見計らって乗る予定の列車は15時38分発JR四国が肝いりで作成しこの3月15日から予土線に運行し始めた鉄道ホビートレインである。新幹線ひかり号をモデルにしたお世辞にもスマートとはいえない。
ホンダN-BOXに良く似た車両である。


 従来であれば閑散としているはずの社内は、土曜日の午後ともあり一般乗客に混じってかなりの鉄道オタクいやファンが乗り込んでいた。その数およそ10名以上はいたであろう・皆興味深げにホームから車両の前方をカメラに収めていた。残念ながら前方からしかこの車両の特徴はつかめない。後ろからだと普通の車両だ。車内も新幹線に模してコバルトブルーのシートがあり、右前方の二列はひかり号と同じような座席になっていた。この車両の特等席である。私もカメラを片手に車内で発車の時間を待っていた。しばらくすると私の乗った二番線の車両と背中合わせの一番線に窪川発の「海洋堂ホビートレイン」が入ってきた。これには私はまったく気が付かなかった。もし判っていたのなら入って来るときに写真を撮っていたのに、と残念に思った。
 驚いたことに、ホビートレインからぞろぞろと降りた乗客の大部分が折り返し宇和島発窪川行きのこの車両に乗り込んできた。予土線三兄弟とJR四国が宣伝しることは知っていたが、実際に乗る人がそんなに沢山いるとは思っていなかった。


 彼らは興味深そうに外観を撮ったり車内を撮ったりして発車の時刻を待っていた。座席はたちどころに満席になったばかりか、ワンマン化した予土線では見たことも無い、つり革につかまる人も大勢いた。それは私の知っている山手線の昼時の光景になんら変わりはなかった。それまでシートに座っていた高校の制服を着た人たちはめいめいが後から乗ってきた乗客に席を譲っていた。  後から乗ってきた人の中にはおそろいのワッペンを付けた人たちがいた。ツアー客なのだろう。その中の一人と思われる若い女性が私の前のシートに座った。カメラを手に珍しそうに周りを見回していた。
 私は女性の年齢に関してはまったく理解不能であるが、おそらく十代後半から二十代前半もしくは三十前後といったところだろうか。多分五十は過ぎていないだろう。くどいようだが私は女性の年齢を推定するのは苦手である。
 決して美人とはいえないし化粧もしていない表面なのだが、どこか知的で内面には輝く美しさを秘めているように思われた。
 私は自分がフーテンの寅さんになったつもりで彼女の身の上話を勝手に作っていた。


「お姉ちゃんどこから来たんだい? そうか俺と同じ関東か。」

「四国の片田舎で関東の人間と会うのも不思議だな」

「おーっと、歳は幾つか、なんて女性に野暮なことを聞いちゃいけないね」

「そうかお父さんは中学校のとき亡くなったのか。さびしかっただろうな」

「おれもね小さいとき親父が死んで、おいちゃんの家で育ったんだよ。お袋?顔を見たことがなかったね。あんたはまだお袋さんに育てられたから、その分母親の愛情をたっぷり味わって暮らせたんだな」

「お袋さんはえらいね。ここまでしっかり育てて、あんたも幸せものだね。今度はあんたがお袋さん孝行をする番だね」

「お姉ちゃんは旅が好きなんだね。そりゃ一目みたときから判ったよ」

「化粧品にお金をかけるのなら、こつこつ貯金して年に一回の有給休暇をとって旅に出ることが好きか。いいことだ。俺なんか年から年中旅をしているけど、商売だからあんたのたびとは訳が違うな。儲けようとは思っていないけど、判るだろ、おまんま食うくらいは稼がないといけない身分だから」

「いや、しっそな身なりから、あんたが高給取りでないことは判るよ」

「すっぴんの女性は自分を隠したりしない。化粧って言うのは化けるって書くだろう」

「あんたは化粧をしていないから正直な自分を出しても平気なのだと思ったよ」

「つましい暮らしが一番なんだよ。悪いことして金儲けしているやつは世の中ごまんといるが、あんたはそんなことは考えていない。

「わずかな給料か生活費を差し引いて少しばかりの貯金が出来ればいい。身体が元気で周りの人と仲良く暮らすことが出来れば十分だと思っているんだね」

「大学は行かなかったのか。お袋さんに迷惑をかけたくないからか。」

「大学行っても悪いやつは一杯いるからな。俺の甥の、満男って言うんだけどね。こいつが大学行っているんだが、ろくに勉強もしないで親の脛をかじってばかり」

「満男に比べればあんたのほうが倍も三倍も立派だね」

「あんたレコード屋の店員かい?」

「いや、何、満男の彼女がレコード屋の店員をしていてさ。及川泉って言うんだけど、生き方が似てるようだから、俺ついそう思ってしまったよ」

「駅のホームに停まっていても時間がくると列車は出発する」

「あんたはその列車に乗って見知らぬ町に旅に出る。汽車は規則正しくレールの上を走りあんたを運んでくれる」

「あんたは初めて訪れた町を物珍しくさまよう」

「しかし時間が来れば、あんたは母親の待つ家に帰らなければいけない。それは残念なことだが、仕方が無い。あんたの居場所はそこにある。」

「お母さんただいま、これお土産よ。そう言いながら、小さな菓子箱を母親に渡す」

「旅から帰ったあんたは翌日からいつもの生活に戻る。でも、今度はあそこに行こう。ここに行きたいと思いながら。」

「おっと俺も余計なことをしゃべったようだな」

「じゃあ、気をつけて」

「そうそう。困ったことがあったら葛飾柴又帝釈天の前にある『とらや』って団子屋によりなよ。」

「『とらや』には金は無いけれど、さくらって口うるさいけれど気のいい妹やおいちゃん、おばちゃんがいるから、きっと相談に乗ってくれるよ」

「俺がいなくても身内がいるから話に乗ってくれるよ」

「これは失敬。俺のこと話していなかったな。寅って言うんだ」


 などと馬鹿なことを考えているうちに宇和島駅を離れた列車はいつか近永駅に近づいた。近永に近づくと彼女は立ち上がった。その瞬間彼女の顔に少し微笑が浮かんだ気がした。同じような小さいデジカメを二台持っていることに気が付いた。そのカメラで車内に展示してある電車の模型を撮りながら降車口のある前方に進んだ。どうやらツアーの一行は近永で下車するようであった。駅前に見かけない小型の観光バスが停車していた。
 私の妄想もここで終わった。

 ツアー客の中に何人か幼い子供がいた。子供のほとんどが列車に対する興味を持っていないことが判った。じじばば、息子夫婦孫と推定できるような一族もいた。誰が言い出したのか判らないが子供にとっては爺さんあるいは婆さんの趣味につき合わされて良い迷惑だったろう。車窓の景色に見とれることもなくお菓子で騙されて付き合うことになったその子供たちが大きくなったときどんな思い出になっているのだろう。
 ツアー一行が下りるとようやく車内も一段落ついたようだが、それでもかなりの鉄道ファンと思われる人たちが残っていた。カメラと時刻表を片手にしている人は、おそらくそうにちがいない。近永駅では宇和島行きのトロッコ列車と行き違いのためにしばらく停車した。オレンジ色のトロッコ列車は停車することもなく轟音をたててホームの反対側を通過していった。
何人かの人は松丸駅で下りたが、駅から伊予美人ライブ会場に向ったのは私一人であった。

 明けて翌日曜日は鶴島小学校の運動会であった。外出して帰った私に家政婦が驚くことを告げた。何者かがうちの敷地内に生まれて間もない子猫を捨てていったという。目の見えないへその緒をつけた三匹の子猫と呼ぶにはまだ早い小さな物体がうごめいていた。小さな紙袋に入れられた子猫を発見したのは犬のコナンだった。コナンは家の中で猫とともに育てられていたので猫には非常に親しみを持っている。片思いなのだが猫の気配を感じるとキュンキュンと甘えるような声でなく。猫が捨てられたときに臭いで判ったらしい。やたらと鳴くので家政婦が不審に思って出てみると紙袋が置いてあり中に子猫が入った板と言う。日曜日で休診にもかかわらずクロダ先生にどうすればいいか問い合わせ、とりあえず粉ミルクと哺乳瓶を買ってきた。二週間もてばいいだろうと言われカイロを入れて猫の育児を始めた。三日経過して少し泣き声にも力が出てきたようだが、果たして成長するかどうかは不明だ。排泄もまだ自分の力では出来ないので刺激を与えてやらないといけない。
 家政婦が運動会の日に来たから「タイ」「イク」「サイ」と名前をつけた。私には区別がつかない。三匹のうち一匹はどことなく我が家の「ガリ」に似ている。早く去勢をするべきだった。これまで去勢をするたびに家出をするので「ガリ」の手術をためらっていたが、もしかすると「ガリ」にも大きな責任があるかも知れない、腹立たしく思ったので、後の祭りかも知れないが早速「ガリ」の去勢手術の予約をとった。


 里親を探さなければいけないし、避妊手術も考えておかなければならない。全部オスであれば少しは安上がりなのだがうち一匹はメスらしい。

ぶら下がり健康器を買った

 昔流行っていた「ぶら下がり健康器」なるものを買った。以前から欲しかったのだが、なかなか決心しないまま数十年経過した。肩こりがひどいのでそれが解消出来るのならと、意を決してホームセンターに出掛けた。店内を見回しても影も形も見えない。友人にそれを欲しいと話した時「もう、そんなモン売ってないやろー」と一笑に付されたが、店員に尋ねるとこれまで気が付かなかった二階の片隅に置いている場所に案内された。私の記憶にあるぶら下がるだけの機能の他に小さな平行棒のような腹筋を鍛える機能も付いていた。

 軽四で運ぶことが出来るか心配だったが、自分で組み立てをするようになっていて、コンパクトなしかし重量はかなりの箱に入っていた。早速家に持って帰り組み立てたのだが、悲しいことに若い頃のように簡単には組み立てることができなかった。
 それよりも置く場所がない。仕方なく狭い茶の間のテレビの前で組み立てることにした。どうにか組み立てたが茶の間の私の定位置からはテレビの前に重なってしまう。昔ほど茶の間でテレビを見ることもなくなったので、多少邪魔にはなるが面ではなく線の状態なので気にはならないが、多分それまでも他人に見られることを憚っていた茶の間がさらにスラム化してしまった。

 組み立てて早速懸垂をしようとしたが、悲しいことに一度も出来なくなっていた。最後に懸垂をしたのは二男が生まれる前だったから三十年以上も昔のことになる。改めて使わなくなった筋肉が衰えてしまうことを痛感した。数日経過して辛うじてあごまで持ち上げることは出来たが、まだ完全に顔を上に出すまでには至らない。三十年以上も昔懸垂をしていて首から肩がしびれ始め整形外科に行ったところ、頸椎が圧迫されていて、首の牽引の治療に通ったことがあった。また年寄りの冷や水にならなければ良いのだが。

 むなしい努力と思いながらも懸垂に挑戦し続けた。一週間後にようやく一回だけだが懸垂に成功した。これには我ながらよくやったと思った。そのうち一回から二回と回数を増やしていこう。ただ、私の年齢を考え、過信することだけは自戒しなければ。
 

ウォーキング続行中

 4月1日から始めた早朝ウォーキングもなんとか継続している。休んだのは最初の日曜日と二回のお講の翌日の三日だけである。よくまあ続いているものだと我ながら驚くが、これは意志の強さと言うよりはもはや中毒のようなものだろう。
 始めた頃にはまだ野川あたりでは霜が降りてダウンジャケットに手袋をしていた。
 驚くことに朝の6時前だと言うのに城山の周囲には歩いている人を多く見かける。多いと言っても皇居一週マラソンのような人数ではないが常連さんらしい人たちとよくすれ違う。
 6時前にタニやんと出合うのだが、その頃には商店街でちらほら掃除をしている人もいる。商店街だけに限らずお店をしている人の中には店の前をきれいにしている人の姿を見る。
 何回かバスセンターの前に大勢のスーツを着た人の集団を目撃した。皆一様に正装して誰かを見送っている様子である。時期的に転勤する人のお見送りかと思っていたが、信金の主催したツアーの見送りのために出てきた人だったらしい。
 まだ車の影もまばらな街角に大勢の人を見るのは異様な光景だが、さらに前夜の客が残っているスナックの前を通ると店内から嬌声が聞こえて来るのも異様であった。宇和島の都会と田舎との混在したシーンであった。

ウラちゃん出没

 この冬我が家の裏の風呂場の脇に野良猫親子が住み着いてしまった。子猫が三匹いた。その中でも毛色の変わった猫がいた。洋猫の血が混じっているらしく、その猫だけ毛足の長い猫だった。裏で生まれたからウラちゃんと勝手に名付けていた。とにかく可愛い。しかし野良の血は野良。人の姿を見かけるやいなや蜘蛛の子を散らすように逃げていく。私が危害を加えないことが判ったらしくいつの間にか逃げることはなくなったのだが、こともあろうか家の中にまで入ってくるようになった。ガリちゃんの為においている餌を勝手に食べている。ガリちゃんとは友好的なようでいつの間にかガリちゃんの為の砂箱で用を足してしまうようになった。
 そのウラちゃんのお腹がふくらみ始めメス猫だったことが判った。最初はガリちゃんの子ではないかと思っていたがどうやら別な父親がいるらしい。夫婦揃って餌を食べに来る時もある。
 ガリちゃんも早く去勢手術をしなければいけないと思っているのだが、これまでに二回去勢すると数週間で家出をしているので、ためらってしまう。ガリちゃんはすっかり大人になったようで近所の猫に喧嘩を売りあるく毎日である。

XP健在なり

 XPからネットの接続を外して一ヶ月以上になる。セブンのみ繋いでいるのだが、サイトの更新はセブンで行っても専ら作成はXPで行っている。HP作成ソフトは98時代の化石のようなものでセブンにはインストール出来ない。IBMのホームページ・ビルダーはセブンにインストール出来たのだが私には不慣れで、覚えなければいけないと思っているがついついXPにある古いソフトに頼ってしまう。
 実に非効率的になるが、XPで作成してはセブンに移してアップしている。狭い机の上にキーボードとマウスを二つ置き、一台のモニターはそれぞれデジタルとアナログにして交互に使っている。
 キーボードはXPのものが慣れているのだが、sのマウスは不安定である。つい最近までXPではボール式のマウスを使っていたがゴミが付いて仕方がないので光学式のものに換えた。
 セブンのキーボードは初めはタッチも軽くて使いやすいと思っていたが文字の打ち間違いがやたらと多い。よく見ると配列が若干違っているし、少し触っただけで過敏に反応する。何が大きく違うかよく見るとAのボタンの左にある英数ボタンがXPの場合間隔を広めにとっているが、セブンの場合は全く同じ間隔についている為にちょっと触っただけで英数に切り替わってしまう。
 そんなこんなでセブンでの文字打ちは倍以上時間がかかってしまう。

 ネットに繋ぐことはなくなったがXPは相変わらず健在である。しかしそのうちXPで使っているキーボードを交換して使う時期も来るのだろう。


デフラグな日々・番外編 

 4月27日毎日新聞の「今週の本棚」に杉田明子・佐藤剛史著『中高生のための「かたづけ」の本』(岩波ジュニア新書・907円)について荒川洋治の書評が掲載されていた。部屋のデフラグ中の私のために書かれたのではないかと思うほど気になる文章があった。その文章を紹介してみる。

以下引用

 「今、あなたの部屋はかたづいていますか?」

 ハイ、と胸を張れる人は少ないだろう・十代向けだが、大人にも有益な一冊である。「あなたの部屋は、今のあなたそのままです」とはわかっていても、整理、整頓は面倒。外からは見えないから、ちらかしてもぜんぜん平気。それで「かたづけ」は夢物語に。

 では「かたづけ」のゴールはどこか。スーパーマーケットのようにどこに何があるかわかる状態。「あなたの部屋の中、もしくはあなたの持ちモノすべての収納場所を三秒以内で答えられる」こと。

 そうでないと、さがしもので時間をとる。身辺も、この先の自分も見えないことに。「かたづけ」をすれば、「生活の変化、意識の変化、人生の変化」が起こる。手順は、次の通り。

 「出す」(すべてのモノを今の場所から外に出す)→「分ける」(同じモノを一ヶ所に集める)→「選ぶ」(捨てられないモノは〔迷いのエリア〕へ)→「収める」。この本は、4月18日発売だが、ぼくは二ヶ月ほど前の近刊予告で、題名を知った。この本がどういう内容になるかを想像し、発売に臨んだ。実際に読んでもっとも意外だったのは「分ける」の段階。

 鉛筆なら鉛筆、クリップならクリップと分けるとき、「あ、これは、いらない」と捨てたいところだが(ぼくはいつもそう)その場で捨てずに、ひたすら分類。そうすると「自分がどんなモノを溜め込みがちなのか、どれくらいの量のいらないモノを持っていたのかを「知る」。自分を「知る」ことはそのあとモノを買うときに役立つのだ。「捨てたい気持ちもグッとおさえて、作業を進めてください」。はい。

 昔はモノがなかった。だから捨てることは「もったいない」とされた。「しかし今では、その時代を経験した人でも、ひたすらモノを溜め込む一方で、使いきれなくなっている」。「使い切る速度よりも、モノが溜まる速度のほうが速い」のだ。

 「だからこそきちんと家のなかのモノをすべて出して、分けて、しっかりと自分で選んだモノで生活する!という体験をしてもらいたいのです。」

 この「出す→分ける→選ぶ→収める」手順は、文章のものを書くときの起承転結に隣りあうものだとふと思った。そうなると話はさらに深遠。

 それはともかく、早いうちから「かたづけ」の練習をすること。それをしないと、いまの自分だけではなく、あとの人生にひびくことになる。本書は「収める」の先にあるものとして「出口」を考えるべきだと説く。ひとつのモノ、ひとつのことがらが、最終的にどのようなところへ出ていくのか。最終形を思い描く想像力は「かたづけ」によって、つちかわれる。自分の部屋の問題ではない。空間認識、仕事の効率、社会全体の及ぶ。

 その流れや道筋も、著者の体験をもとに記されている。「かたづけ」は人生の基点であり、要なのだ。「かたづけ」だけの問題と、かたづけるわけにはいかないのだろう。

 心がかげったり、落ち込んだりしたとき「かたづけ」で晴れやかになり、未来が見えてくる点にもふれる。「収める」つまり収納では「間をとる」という指摘も。先日ぼくは書棚の一段を思い切って「空白」にしたら風景が変わり周囲がとても心地よいものになった。もしかしたらあれかなと思った。「かたづけ」にはいいこと、楽しいことがいっぱいあるのだ。

引用終わり

我田引水自画自賛とは最近の多くのメディアで気になる不快な現象だが、この書評に関しては本当に私に語りかけているのではないかと思えた。

 さて明日の朝も歩くことにするか。(5月6日

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