心機一転

新・私の独り言


天赦園での竹燈籠コンサートのお知らせ


宇和島伊達 夜の天赦園

竹灯篭コンサート

10月11日(土)開幕16:30・開演17:15

出演・大石昌良&花れん&扇谷研人

前売券 2700円 当日券 3000円

主催・チケット申し込み先   伊達事務所

FAX 0895-22-0034   E-mail:tenshaen@gmail.com

※電話でのお問い合わせは不可です

これとは別に期間限定の夜間開放があるようです。

夜の天赦園 竹灯篭アートナイト
10月12日(日)〜15日(火)
18:30〜21:00


9月・猫と戯れる


涼をとる「ぼんちゃん」@

 ようやく暑い夏にも別れを告げる時候となったようだ。朝晩は風が涼しくなり虫の音が聞こえるようになった。昨年ほどの暑さはなかったが、歳のせいかはたまた健康上の理由からか今年の夏は本当にしんどかった。それにしても日照時間は短かったようで、5月に二本植えたゴーヤは未だ一個も実をつけていない。

 予定が狂ったのはゴーヤばかりではなかった。植木鉢に植えていた紅葉が一本枯れてしまった。庭のオリーブの苗も二本駄目になっていた。トウモロコシも実が付いたものの長雨で根腐れしたのか駄目になっていた。なんとかアンズの鉢は生きていた。サボテンの鉢だけが意気揚々と元気そうであった。
 数十匹はいたはずの水槽のヌマエビも数匹になっていたし、メダカも数えるほどに減っていた。奇跡的に入院する前に孵化した数匹が大きくなっていた。(ヌマエビは最終的に一匹だけになってしまった。)


 退院してからすぐに歩けると思っていたのは甘かった。病院からは自分が運転する車で帰ったのだが、数日後信金にお金を下ろしに行く時、まともに歩けないことに気がついた。
家の中でフラットな床を歩くには全く問題は感じなかったのだが、屋外の場合、足を踏み出すたびに微妙に高低差がある。数ミリの違いを足が感じ取るのだろう。医者から言われたのだが、小脳が退化していたらしい。一歩踏み出すたびに考えながら足を運ばなければいけなかった。これには参った。自転車だと遠方にも行くことができたが、市役所に歩いていこうと挑戦したものの、途中であきらめて家まで引き返したこともあった。

 一ヶ月ほどすぎてようやく城山一周ができるようになった。しかし以前のように背筋を伸ばして歩こうとすると、切ったところが痛い。仕方なく少し前かがみになって歩くしかなかった。社交ダンスをする人のように姿勢を正して歩くことはもう無理なのだろう。回復手術をした人に聞けば、切ったところが固く突っ張るように感じるのは普通のことらしい。城山一周も交通信号では青でも途中で点滅が始まるといけないので、一度赤になるまで待って、次の青信号に変わってから渡らなくてはいけなかった。
うがいをしたり、粉薬を飲むために顔を上げるときは、片手で何かにすがるようにしないと難しい。
 また三週間も箸より重いものを持っていなかったので腕の筋力も衰えていたのには驚いた。これもぼつぼつ訓練しなければいけなかった。


 そんな理由から宇和島のことに関して情報はかなり不足しているし、なにより私自身そこまでの意識が乏しい。身の回りのことで精一杯である。


 今では元に戻ったが、帰ってしばらくはパソコンに向かうにも数分座っているだけで辛かった。
 入院していた時の習慣で8時、12時、6時の決まった時間に食事をとっていたが、夕飯を食べるとすることがない。本を読むにも集中力がない、テレビも見るほどのものがない、CATVの映画を録画しているのだが、それも見る気がしない。ということで午後9時には就寝する毎日であった。医者からは無理は禁物と注意を受けていたが、一方リハビリをきちんとしておかないと回復が遅れるとも言われていた。その境界がわからないままに時は過ぎ、少しばかり以前の生活に戻ることができた。

 歩くことは何とか出来るようになったが、おそらく山に登ることが出来るようになるにはまだまだ先のことだろう。登ることはまだしも下りは難しい。膝のクッションを使っても振動が傷口に伝わると不気味である。くしゃみや咳をしても響くことはなくなったが、体重をかけて足を踏み出すことにはまだ不安がある。


涼を取る「ぼんちゃん」A

  そんな毎日の生活で唯一心を和ましてくれるのは子猫の存在であった。おそらく生後三ヶ月はすぎているだろう、カラスの餌食になりかけた「いとはん」「ぼんちゃん」の二匹は私の格好の遊び相手になってくれた。

 猫のおばさん(私がそう呼んでいる民間動物保護ボランティアのおばちゃん)の話によると、カラスが落として育てられた子猫の話はかなりあるらしい。)

これはかなり可愛く写っている「ぼんちゃん」。

かなり目付きが悪い「ぼんちゃん」

いや、本当は可愛いのだが、実に写真写りが悪い。

 同じ頃に我が家に来た兄妹と思われる猫だが、性格は全く異なっている。メスの「いとはん」は何ごとにも積極的であるが「ぼんちゃん」はかなり臆病で控えめである。この二匹の子猫が来てからそれまでいた生後一年オスの「ガリ」はすっかりおっさんになってきた。最初は敵対心をむき出しに猫パンチなどを出していたが、それもいつの間にか遊びに変わってきた。母乳など出るはずはないのに子猫が乳首を吸うのだろうか、いつの間にか「ガリ」の乳首の周囲の毛がなくなってきた。時折セミを加えてきては子猫の前に置き、満足そうに眺めている。人間もこのようであって欲しいものだ。
 トイレの水槽は「ガリ」の格好の涼み場所になっていたが、まず「いとはん」がその真似をして占拠した。二匹がいない時を見計らってようやく「ぼんちゃん」がくつろぐ。
 「ぼんちゃん」は人間で言えばかなりテンネンのようである。他の猫からワンテンポ遅れたことをする。そうかと言って真似ばかりするわけではない。自分なりの独自性を持っているのか、たまに姿が見えなくなって心配しているととんでもないところから出現することがある。

涼を取る「いとはん」@

 三匹の性格を物語る出来事があった。三匹がいる部屋で家政婦がテレビを見ていたある日、テレビの中で猫の鳴き声がした。「ガリ」は縄張りを荒らされたと思ったのか、猫の姿を求めて物干しに飛んでいった。遊んでいた「いとはん」は遊ぶのをやめてテレビのほうに猫の姿を捜していた。「ぼんちゃん」は声を聞くなり脱兎の如く押し入れの中に逃げ込んだ。
 

涼を取る「いとはん」A こういうのが「どや顔」なのだろうか。

 
 「ガリ」が物干しから出入りする様子を見ている「いとはん」はなんとか真似をしようとして、窓を開けると物干しに出るようになったが、同じように窓を開けても「ぼんちゃん」は後ずさりして物干しに出ようとしない。おそらくカラスに誘拐された恐怖心が残っていて狭い場所を好むのだろう。

 「いとはん」は家政婦が階下に下りると決まって後を追う「ガリ」にならって自分で階段を降りるようになったが、「ぼんちゃん」は自分からは階段を下りることはない。抱いていても階段の途中で固まってしまう。下ろすと一目散に二階に駆け上がる。

 子猫たちはパソコンを置いている部屋に好奇心を持っているのだが、それはタブーにしている。間違ってタップでも踏まれて電源のオンオフをやられては恐い。家政婦が茶の間でノートパソコンを使っていると「ガリ」がキーボードを踏み荒らして不具合が生じた。

 お腹のヒョウ柄の模様から兄弟だと思うのだが、毛並みは全く異なる。「ぼんちゃん」の毛足は長くビロードのようになめらかである。冬になれば暖房代わりに一緒に寝ることを楽しみにしている。

どことなく大人の風貌を示し始めた「いとはん」

 子猫は一時もじっとしていない。猫を可愛く撮るには、上を見上げる顔にすることが秘訣らしいが、そこまで余裕がない。猫がじっとしている隙を狙ってカメラを構えるのだが、なかなか思うように撮れない。周囲の明るさと、猫の瞳の収縮に関係するのだろう。瞳が大きく開いていれば可愛く撮れるのだが。
 


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