心機一転

新・私の独り言



アンニュイな日々

 2月に入ってからというもの、ロクな事がない。先日もある友人が私に確定申告をすればいくらか戻ってくると言った。私は所得税を払っていないのに、おかしいことを言うとは思ったが、保険関係の事務などに詳しい人間なので真に受けて、昨年一年間支払った医療費の領収証を抱えて小雪舞い散る中を健康のためにと徒歩で、役所に相談に行った。
 が、案の定所得税を払っていなければ還付金など発生することはなかった。骨折り損のくたびれもうけとはこの事だった。

 昨年末からXPに残していた文章と画像の整理を行っている。普通デジカメからパソコンに取り込むとカメラの中のメディアをフォーマットすることにしているのだが、うかつにも消し忘れてまた新たにパソコンに取り込むと同じ画像を別なファイルの中に入れてしまっていた。取り込んだ日付をつけたファイルは別々なものとしてあるのだが、重複したものが山ほど出てきた。それらをまとめる時、ウィンドウズ7が有り難いのは上書きをするかどうか尋ねて来る。それと同時に同じ名前で(1)、(2)とかにするか聞いてくるので取りあえずカッコ付きの指定ををして、後で同じものであれば削除するという馬鹿馬鹿しい作業に時間を取られた。
 すっきりしてきたと思い、残された最後の一つのファイルを開くとその中に10もファイルがあり、さらにその中には……、と言う無限地獄の様相になったこともあった。

 画像と言えば、デジカメを使い始めた頃、パソコンに詳しい人がJPGだと圧縮できるから容量をとらなくて良いと教えられた。それを信じて圧縮して保存していたが、それが大きな間違いだった。間違いをすることで人は学習することを改めて知った。JPGファイルの圧縮にしても確定申告の話にしても悪気があった訳ではないから、自分が学習すれば良いだけのことだろう。

 画像はサムネイル表示で何とか開かなくても概要は見えるが、メモ帳は「新規テキストドキュメント」「新規テキストドキュメント(2)」のタイトルしか判らない。いちいち開いては「名前の変更」で何について書いた文章か判るようにやり直した。
 初めからきちんとした名前を付けておけば簡単に整理が付いたのにと悔やんだが全て後の祭りである。

 その作業も一区切りつき始めると今度はカセットテープの整理を始めた。ネットでカセットテープに録音したものをパソコンにMP3で保存できるという器械があるので取り寄せた。高価なものだったら買ったりしなかったが3000円という値段につい引き込まれた。しかし、値段は値段なりのものである。届いた品物をみて驚いた。まるでプラモデルのようなちゃちな玩具である。安物買いの銭失いという格言を思い出した。
 しかし付属しているソフトは使ってみて驚くほど凄い機能が付いていることが判った。だがそのソフトをインストールする時点で問題があった。8センチのCDは私の使っている薄型のデスクトップパソコンでは入らないのである。縦に入れなければならないために、うまくセットできない。思案したあげく一か八かメディアを横に置くXPでソフトをコピーして、USBでそれを7に移した結果なんとかソフトをインストールすることが出来た。
 それからプレーヤーやソフトの使い方を覚えるまでが大変だった。昔のプレーヤーと違い、オートリバース機能が付いているので、片面のテープが終了すると自動で往復する。その為に必ずしもテープの表面が再生されているとは限らない。カセットの回り方を見てA面かB面か見分けなければいけない。説明書には90分テープまで可能と書かれていた。ソフトの機能設定には手動分割と自動分割というものがあり、無音があるとトラック1からトラック2に勝手に分けてくれるようになっていた。

 ここでまた貧乏学生時代の悪い影響が起こってきた。当時はカセットプレーヤーがようやく注目され始めた時代で、録音テープと言えばまだオープンリール全盛であった。カセットテープは高額で、1本のテープに少しでも多くの曲を詰め込みたい一心から、曲と曲の間隔を縮めて録音していた。私の場合の音源はソノシートが主であったが、前の曲を録音すると一度再生し、すぐに次の曲を録音できる状態でスタンバイしていた。その為にトラックを区切る無音の時間を1秒に設定していたところ、曲の中で無音が少しでもあると同じ曲なのに勝手に次の曲と決めつけてしまい、一つの曲がバラバラになってしまった。

 と言ったような事をしているので時間がかかって仕方がない。音楽は倍速ダビング出来ないので、90分のテープであれば録音するのに90分かかってしまう。何故こんな事をしようと考えたのには理由がある。最近の車にはカセットデッキが付いていない。なにしろこれまでの車は19年間乗り続けていた。当時はまだカセットデッキが下火になっていたとはいえ、きちんとオプションで存在していた。新しい車には灰皿はおろかカセットデッキなど付いているはずはない。
 ただ有り難いことにUSBの接続が出来るようになっていた。そこでMP3に変換したカセットデッキの曲を聴こうと思ったまでのことである。そこで古いカセットデッキを探していると、スクリーン・ミュージックのテープが出てきた。
 その中に「アフリカの星のボレロ」という曲が入っていた。映画「撃墜王アフリカの星」のテーマ曲である。久しぶりに聴いたときには、はー?こんな曲だったのか。と思ったが次第に思い出してきた。ずっと聴いていると寝るときにも頭の中にその曲が浮かんでくる。しかしこの映画を私は見たはずなのだが、中学生の頃だったせいか全くストーリーは思い出せない。「シベールの日曜日」のパイロット、ハーディー・クリューガーとダブってしまった。

 話が随分脱線してしまった。アンニュイな日々について戻そう。

 これまで物心ついてからずっと走り続けてきた(自分でそう思うだけかも)私は、老後はのんびり暮らしたいと考えていたが、それを許さない状況が発生した。
 昨年末歩けなくなった母親の様態が改善しない。むしろますます悪化してきた。以前にも書いたと思うが、歩行できなくなった原因は今流行の「脊柱管狭窄症」だと言うことが宇和のK医師に告げられた。
「これまでよく歩けましたね」と驚いたような口ぶりだった。いろいろな病院で検査を受けたが、何処も腰の脊椎を検査せず、脳の検査ばかりであった。まあそれはそれでとやかく言うつもりはない。

 歩けなくなり一日ベッドに横たわっていると更に体力が落ちてくる。  しばらくは母は自分の手で食事をしていたが、いつの間にかそれすら出来なくなった。お粥や雑炊などの柔らかいものをメインに赤ん坊の離乳食などをスプーンで与えている。
 それでも日ごとに衰えている様子が目に見えて現れてきた。市内の某Yけんちゃん医院に処方してもらったハイカロリーの栄養剤を与えると少し元気が出てきたようだが、その世話に忙殺される毎日となった。
 これまでドラッグストアに行っても自分とは無関係に思われた「介護用品コーナー」に週に何回か足を運ぶようになった。家政婦はあれはどこそこが安い、これは何処が安いとよく知っている。
 赤ん坊の場合はやがて離乳食は不要になるが、うちの場合は巣立つことはない。良くて今の状態が持続するだけである。と言ってももっぱら世話は家政婦がしている。私の当番はデーサービスに行く日に、玄関に車椅子用のアルミ製の長いスロープを取り付けることと、毎朝ファンヒーターの灯油を補給するだけである。

 こう言うと簡単なように思われるが、アルミ製と言っても長さ3mでかなりの重量がある。しかもスムーズに伸びないので力のいる作業である。要領がつかめなかった頃には汗だくになった。スロープを置く位置をテープでマーキングして、地面には石で線を引いている。慣れてくると鼻歌交じりで作業をするようになったが、送り出すときと帰ってくる時には事前に準備をしなければならず、デーサービスが大変有り難いと思う反面、時間の拘束には煩わしいものを覚える。

 さらに私に難関が待っていた。これまで「花粉症」とは無縁だと思っていたが、この19日ある異変が目と鼻と喉に起こった。その日花粉が大量に飛散したとしばらくしてから耳にした。私はこれらの症状を別々の現象だと思っていたが、どれも花粉症ということでひとくくり出来ることが判った。

 鼻水が止まらないのでハンカチを常に手に持っている。目がチカチカして見えにくい。喉にはイガイガが引っかかって常に咳払いをしている。それらが一斉に19日から始まった。今のところ重症ではないことが攻めての救いである。
 アンニュイとは言っても、それを公言している私はどこかで楽しんでいるところがあると考えたほうが良いだろう。ただ目に出たことはちょっと辛い。

 しばらく春が来ることなど忘れていたが、もうすぐ春がやってくる。
 私にも再び春が巡ってくることを信じたい気持ちになってきた。




冷やい!

 宇和島のほうでは寒いことを「冷やい」と言う。これは宇和島に限ったことではなく、関西では一般的に言われることだと思う。
 宇和島に限ったことではなく日本列島全体が寒気の覆われたようだ。2月9日、10日はこの冬一番の冷え込みであった。私はずっとガマンしていたがついにエアコンをつけてしまった。暖房もクーラーも私はエアコンから来る風が苦手である。これまで寒い季節は毛布を足にまき過ごしてきた。キーボードを使わずマウスだけでパソコンを使う時は手袋をしてパソコンに向かったこともある。この冬は体力が消耗しているだろうと思い、ミニファンヒーターなるものを買ってしまった。
 だが昔はもっと寒かったことがあったと思う。最近は氷が張ることはない。寒い寒いと言うのも結局歳のせいなのだろう。

 9日の午前11時頃所用があり、久し振りに徒歩で商店街を通った時にショッキングな光景を目撃した。宇和島の商店街もご他聞に漏れずシャッター街と化している。そのシャッター街の自販機が並んでいるとある一角にホームレスと思われる老婆がうずくまっていた。そこは少し窪んでいるので風を避けることが出来るのだろう。実際は若いのだろうと思われるが、私の母親に近い歳のように思えた。何もすることが出来ないまま私は先を急いだがが、ずっとその人のことが頭から離れなかった。

 その人はこれまでどのような人生を歩んできたのだろう。子供の頃には、青春時代にはこのような状態になることなど想像していなかったのだろう。恋をした時代もあったのかも知れない。人生をやり直し出来るのなら出直したいと思っているのだろう。様々な思いが頭をかすめた。

 商店街を抜けると寒々とした灰色の空から白いものがチラチラと舞ってきた。ホームレスと思われる人を見ても何もしない私の心にも寒々としたものがあることを知った時、いっそう寒いものを感じていた。世の中全てが寒い時代になったのかも知れない。

 HPはネットに繋いでいないXPで作り、アップするのはウィンドウズ・セブンで行っている。狭い部屋なので、一台のモニターをアナログでセブンにデジタルでXPに使うようにして、外付けのHDに入れたデータを繋いだり外したり右往左往しているのだが、どちらかを消した後でそれぞれ忘れていたことがあり、またつけなおすことの多いことには嫌になる。

ドン引きさせた

 昨年の夏膵臓ガンの手術をしたことを書いて以来、それまではよくメールが来ていた人からの連絡が途絶えた。私は絶望宣言をした訳ではなかったのだが、考えてみれば多くの人に「ドン引き」する告白をしてしまったと思っている。私としては絶対とは言えなくても無事であるからこそ書いたのであったが逆だったようだ。

 私でも知っている人がガンだったと言われたら、どう対応していいのか判らなくなるだろう。実際同級生がガンの手術をした話を聞いた時は戸惑ってしまったことがあった。
 ある友人からはどうリアクションをすればいいのか判らないと言われた。私は別にこれまで通りで良いと答えておいたのだったが。
 しかし多くの人からは普通にこれまでと同じように接してもらっている事はありがたい。

本を送った

 昨年末友人から本を有意義に処分する所を教えてもらった。
 ただし、ブックカバーにISBNのコードナンバーが書かれていることが条件である。私のところにある本は大部分が古いものなのでそれが書かれている本は限られている。おまけに家政婦や息子達がブックカバーを外しているものが多い。しかも上下セットに分かれている本がバラバラになっていることがある。
 それでも送料は相手方に負担してもらえるので、これまで六回送った。送られた本は古書店が買い取り、その売上金が様々なボランティア団体を通して社会的困窮者の支援に使われるようになっている。
 段ボール箱はスーパーでお茶が安い時に箱買いした「綾鷹」の箱があったのでそれを利用して合計5ケース送った。一箱で文庫本が約50冊入る。これまで250冊程度送った。到着するとメールできちんと幾らで買い取ったと報告も入る。250冊送って2500円前後だった。

 本来なら公的機関が援助しなければいけない困窮者の支援の役にたつことが出来ると思えば、自己満足に過ぎないが、箱詰めの作業は苦にならない。
 宇和島の古書店でも古本を買い取ってもらえるらしいが、やはり一冊10円程度らしい。もし不要な本を処分するならそこを利用することを勧める。

「もやい」と言う団体である。


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