心機一転

新・私の独り言


猫と戯れる

 左の腰からつま先にかけてしびれがあり、鈍痛がある。時々瞬間的に焼けるような痛みが走る。どうやら本格的に座骨神経痛になったようだ。梅雨に入ってからは右足のかかとも時々痛んでくる。歳は取りたくない。

 そんな状態だが子猫と戯れる時には心が癒される。

向かって左から、フー子(メス)、ぶちょー(オス)、ホタル(メス)


6月21日に来た子猫たちは結局5匹のうち3匹しか残らなかったが、今では離乳食を食べるまでに成長した。

(百均で一番大きなネットを四枚買ってジョイントでつなぎ、ゲージを作ったが、数日経過したら自分でよじ登って脱走することを覚えてしまった。)

(ホタル)

(ぶちょー)

(フー子)

日ごとに動きも活発になってきた。心配していた大きな猫たちとの関係も改善された。ボンはまだ警戒感が残っているようだが、イトはまったく気にしなくなり、子ども達の中に入って尻尾で遊ぶ事もある。手加減を知らない子猫はたまにイトの機嫌を損ねて猫パンチをもらい、萎縮することもあるが、すぐに忘れては尻尾に飛びかかる。うるさく感じるとイトは自ら退散する。そろそろ子猫の里親捜しを始めなければいけない。お見合いの写真を撮ろうと思うのだが、動き回る子猫の写真を撮るのは至難の業である。たまにじっとしていることがあり、カメラを構えるともういなくなっている。カメラのない時に限って面白い情景に出くわすのだが、シャッターチャンスに恵まれていない。

(初め私はホタルとぶちょーの区別が付かなかった。鼻が黒いのがぶちょーである)

パンドラの箱

 今飼っているメダカは昨年までは絶滅危惧種だろうと思う田んぼですくってきたメダカだけだったが、数が減少してきたので、道の駅で買ってきたヒメダカを入れてしまった。自然に放すことはないから生態系を乱さないとは思うのだが、なにか複雑な気分になった。

 車庫の横に大きなポリバケツがある。防火用水と言うわけではないが、ずっと以前から置かれている。雨水が溜まってボウフラがわくといけないので、名前も知らない水草と一緒に数匹のメダカを入れていた。ある大雨の翌日ポリバケツをのぞくとメダカが一匹死んでいた。おそらく雨水が入りすぎて酸欠状態になったのではないか。そう思い、わっせわっせとバケツを雨水のかからない場所に移動したが、メダカの姿は見かけなくなった。

全部死んでしまったのだろうかとあきらめていたある日、水面にうごめく糸くずのようなものを見つけた。


 気が付かないうちにメダカがふ化していた。
 この姿を見てふとギリシャ神話「パンドラの箱」の中から最後に箱からだして欲しいと語りかけた「希望」の話を思い出した。私は厄災を放った覚えはないのだが、このメダカは私にとって希望の姿に思われた。


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