心機一転

新・私の独り言


つい愚痴が出る

 今年は例年になく暑い夏だ。いや、暑さはいつもの年と変わりなかったが、その暑さに私の身体がついていけなくなったのかも知れない。

 8月15日午前9時前にお盆の供養でご住職がおいでになるとの連絡をハガキで頂いていた。我が家では仏壇を置いてある部屋は狭いためにお盆になると八畳の部屋に祭壇をつくることになっているが、突然母親の具合が悪くなってからは八畳の部屋は物置同然になっていた。12日の朝、母親をデーサービスに送り出したあとなんとか部屋を片付け祭壇を作った。

 15日は午前9時半には母をデーサービスに送り出さなければならないが、ご住職の来訪との時間の兼ね合いが気になっていた。いつもより早く朝5時に目が覚めると、ラジオを付け新聞を読み、「補中益気湯」という食前30分に服用と指示されている漢方薬を飲んだ。この薬を飲むことから一日が始まる。厳密に30分前ということではなさそうなのだが、この30分前というのは実にやっかいであり、直前の薬とともに、私はよく飲み忘れてしまう。

 6時に血圧を計ったあと軽い朝食をとる直前に「セイブル錠」という糖尿病の薬を飲む。この食前の薬はよく飲み忘れてしまう。朝は食後に「マーズレンS顆粒」「ウルソデオキシコール酸錠」「ラフチジン錠」の三種類と「オルメテック錠」という降圧剤を飲んで、「チモプトール点眼薬」をさす。

 いつもであれば朝食後に軽く仮眠をとると身体が楽になるのだが、デーサービスやご住職のこともあるので仮眠をとるのはやめにした。お盆の供養ということがあり、母をベッドから車いすに乗せて祭壇の前に置いた。9時前にご住職がおいでになり、供養をすませて何とか時間の調整はうまくいった。急いでスロープを玄関に取り付けた。9時半に介護施設からデーサービスの迎えの車がやってきて母を送り出した。第一ステップ終了である。

 母が不在の間に家政婦がベッドをきれいにしたり洗濯をしたり買い物に出たりしているうちにお昼になる。また食前の薬を飲む。昼食後は「マーズレンS顆粒」「ウルソデオキシコール酸錠」の二つの薬を飲み、目薬「レスキュラ」を点眼する。時間があれば軽い仮眠をとる。そうしているうちに母の帰る準備をしなければならない。撤去していたアルミのスロープを付けて母の帰りを待つ。3時半の予定なのだが列車の時刻のように正確な訳ではない。10分ほど早い時もあれば30分以上も遅くなる時もある。ただただひたすら玄関先で待ち続けている。私にとってこの待ち時間ほどもったいないことはないが、誰にも文句を付けることはできない。ひたすら待つだけである。
 
 母が帰ってきて介護の人にベッドまで運んでもらい、スロープなどを片付けてから第二ステップ完了で、ようやく私の時間が始まる。雑用を片付けているうちに夕方になり、また食前の薬を飲む。家政婦が母の食事の準備をしている間に私は早めの夕飯をとる。食後は朝の三種類に「エクア錠」が加わった四種類の薬を飲んで一日の薬の服用は完了する。これだけ薬を飲んでいるとちょっと間が空くと自分でも飲んだのか飲んでいないのか判らなくなることがある。そんな時は飲まないようにしている。

 デーサービスに行かない日は昼食も家政婦が食べさせている。私の代わりに母に食事を与えてくれている家政婦のストレスはかなりのものだと思う。母はたまに身体を起こして自分の手で食事をとることもあるが、たいてい家政婦がスプーンで口まで運んで食べさせている。初めのうちはツバメのヒナが巣に近づく親鳥の姿に一斉に口を開けて餌をねだるシーンを連想したが、今はもう無感覚になった。

 母の嗜好は偏っていて、和光堂の雑炊シリーズしか口にしなくなった。ヨシケンちゃん医院で処方してもらった「エンシュア」を飲むようになってからかなり体力が改善された。認知症に関しては悪くなったのか良くなったのかはっきりしないので近々専門医に診てもらう予定である。

 昨年の今頃はまだ要介護1であった。おぼつかない足取りであるが自分で歩くことも可能であった。まったく歩行が出来なくなってからというもの、私の一日は極端に制約が大きくなった。

 しかし私などはまだ「ましな方」なのだろう。全国では老老介護に苦心している人が沢山いることだろう。それにしても私がのんびりと悠々自適の生活を送っていると錯覚している人もいるらしい。とんでもないことだ。毎日が時間との競争のような気がする。母の介護をしていると私自身が健康に気をつけなければいけない身体であることを忘れてしまう。

 それにしても暑い夏が続く。すっかり疲れてしまい、口をついて出るのは愚痴ばかりである。


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