心機一転

新・私の独り言


つかの間の安らぎ

 間もなく母が二度目のショートステーから帰ってくる。
 短期間だったが、何という開放感だったのだろう。
 しかしまた元通りの暮らしになる。母が不在の期間は部屋の片付けに時間を取られた。中身の判らない菓子箱が山ほどあり、その中身を確認しながら廃棄する。毎日同じような作業の繰り返しである。相変わらずゴールは見えてこない。

 その合間を縫って、久しぶりにロングドライブをした。テレビの宣伝を見て、家政婦は突然「久万林業まつり」に行きたいと言い出した。
 土日なので私の都合が悪い。家政婦と林業とは何も関係がないので水曜日に久万まで行くことにした。三時までに家に帰らなくても良いというのは気分的にとても楽だった。
 以前だったら国道56号を内子まで行き、そこから東に折れて33号線に出るルートが一般的だが、しばらく前に檮原から33号線に向かう440号線に地芳トンネルが開通したので、こちらのルートが近くて楽になった。特に地芳トンネルはすごい。旧柳谷の一部区間がまだ狭いくねくね道が残っているが、そこ以外は二車線の快適な道である。こんな道路でも冬季には通行止めになる。
 この久万詣でについては機会があれば別な日に。


ぼけてばかり

 それにしても、このところ私は日時を間違えてばかりである。
 10月3日予土線三兄弟の列車の連結姿を見ることが出来ると八月頃の新聞に書いてあった。カレンダーに印を付けてその日が来るのを楽しみに待っていた。
 しかし時間がたつと忘れてしまっていた。九島大橋の橋桁がつく日と勘違いをしてしまった。気がついたときは後の祭りである。
 10月17日もそうだった。宇和島駅の機関区が解放されるとテレビで報道していたが、何故か18日と勘違いしてしまった。日にちを間違えることが多くなってきた。


「イト」が消えた日

 10月のある夜から長時間「イト」の姿が見えなくなった。
たまに半日ばかり姿を見せない時がこれまでもあったが、何か胸騒ぎがする。
昨年の6月、カラスがどこからかくわえてきて、裏の屋根の上で餌になるまいと必死にカラスと闘っていた「イト」だった。すっかり大きな猫に成長し、今年は乳飲み子の世話までするようになっていた。失踪する前夜、部屋の高い場所からなにやらもの思いにふけって、新しく来た子猫たちを眺めていた「イト」だったが、その時すでに決心していたのだろうか。(おーっとこれは考えすぎだった)
「イト」はいったい何処から来た猫なのかも判らなかった。それにしても1年余りで突然姿を消すなんて残酷な話だ。まったく娘心は理解できない。もし帰ってきたなら子猫たちにばかりかまっていたことを反省して、「イト」に対してももっと大事に接するようにしなければ。


と悲嘆にくれていたところに「イト」が帰ってきた。
(健康が優れないと物事を悪く考える傾向になるという参考例だ。)
家族総出で歓迎会をしなければ。

 無断外出が出来ないように外に通じるところは全部ブロックしているつもりなのだが、いつの間にか「イト」「ボン」は外に出ている時がある。
 どうも秘密の通路を発見したらしい。ところが室内に戻るときは庭の梅の木経由で窓枠に飛び移る。同じ所から出入りしてくれるとこちらは何もしなくてすむのだが、寒くなってから二階の窓は閉めているので梅の木が大きく揺れると猫のご帰還だと待ちかまえ、窓枠に飛び移ると窓を開けて迎え入れる。まるで自動ドアだ。猫にすれば勝手に窓が開閉すると思っているのかもしれない。

 またまた翌日午後から「イト」の姿が消えた。夜になり何処か遠くで鳴き声が聞こえる。なんと我が家の屋根の上から聞こえてきた。これまでに二度近所の屋根に上がり下りることができなくなり、はしごを借りて救出したことがある。しかし我が家の屋根はそれほど難しいことはない。そのうち自分で下りるだろうと放っておいたら、なんとか自力で下りてきた。


猫に説教

 猫に説教
 そんな「ことわざ」がある訳はないが、あっても不思議ではないような気がする。これは新語かと思ってネットで調べるとけっこう多くの人がこの言葉を使っていた。
 犬には説教は通じる気がする。こちらの意図が通じているのかどうかは不明だが、説教をしていると犬はこちらの目を見て真剣に理解しようとする態度が見える。犬は真面目だ。
 それにひきかえ、猫は態度がよろしくない。まず姿勢が猫背で良くない。話す人の目を見ない。猫に説教をするとき最初に何時もそれを指摘するのだが、一向に改まる気配はない。所詮猫だ。人によれば目をそらすのは反省しているからだという説がある。そう言えば猫は木から落ちたり、飛び損ねて転んだりしても、知らん顔をしているが、内心ひどく落ちこんでいるらしい。



 昨年の秋、イト、ボンがまだ小さかったころ、庭の梅の木から子猫たちは軽々と物干し台に飛び移った。前足がかかっただけで自分の体を支え、物干しに懸垂状態で上がることが出来た。それを見たガリは同じように飛び移った。前足は同じように物干しに届いたが、悲しいことに体重がある。物干し台に壁があれば後ろ足で支えて上がることが出来たであろうが、残念ながらそこは空間に突き出た一枚の板であった。後ろ足で何度か虚しく宙を蹴ったあと、四メートルほど下に落下した。幸い小さな灌木の上で怪我はなかったが、ガリは一目散に何処かに逃げて行った。失敗を笑われたくなかったのか、自尊心に傷がついたのか、丸一日姿を隠し夜になってこっそりと帰ってきた。

 猫は自分のプライドが高すぎて他人の説教は聞かないのだろう。
 猫に説教=無駄な事、なのかもしれない。

 今年六月に来た子猫たちはかなり成長した。比較する対象がないために巨大なボンに比べると相変わらず小さく感じるが、暮れには避妊手術をしなければならない。今は柱を楽しそうに上っているが、そのうち体重が増えれば上れなくなるだろう。
 子猫たちはボンの勇壮な姿に畏敬の念を抱いているようだが、ボンは姿に似ず臆病である。物音がすると真っ先に逃げるのはボンである。
 これまで居た猫は庭で時々ハンティングをしていた。プーが一番狩猟が上手で、どれだけ野鳥を捕ってきたか判らない。ボンもたまに何かを捕ってくるのだが、獲物はイモムシだったりカマキリだったり、およそ敏捷な生き物とは無縁である。なぜか判らないが枯れ草とか木の枝などをくわえて持ってくることもある。それに比べ「イト」はたまに生きた雀をくわえてくることがある。命に別状はないらしく、箱に入れてトイレの窓を開けて置いておくとどれも元気になり外に飛び立って行ったようだ。



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