心機一転

新・私の独り言


平成28年
公私混同我が家の十大ニュース(順不同)

 1 母が特養に入所することができた。これは順不同と言ってもやはり私の中ではトップニュースだろう。

家の中は這って移動できていた母が突然自分の力で動くことが出来なくなったのは一昨年平成27年の大晦日だった。これはショックだった。私たち家族と同じ悩みを持っている人は全国に多いと思うが、ヘルパーさんやデイサービスに恵まれている私の場合はまだすくわれていたことだろう。歩行が出来なくなっただけではなく、食事も自分で食べることが出来なくなってきた。家庭での介護も限界に達していた。週に四回のデイサービスも家族にすれば楽な部分と負担に感じる部分があった。
ケアマネさんの提言で、ダメ元覚悟で特養に入所申込みを出していたら昨年の春、空きができたと連絡があり、4月初旬にある施設のお世話になることが出来た。これは本当に私よりも家政婦にとって安堵の便りであった。
母が入所してからしばらくは家の中の片付けに追われていたが、すぐにだれてきた。連日ゴミと格闘することに疲れてきた。ゴミの中でも多く見られるのが割り箸とか包装紙。どれもダンボール箱に丁寧に保管されているので、開封するまでは中身が判らない。他にも端布が山ほど出てきた。昭和30年ころからの家計簿も出てきたが、いったい何が目的でそのような記録を残していたのだろうか。
母が以前使っていた寝室、元気な頃裁縫をしていた部屋、母が使っていた台所、最後に寝台を置いた部屋。どれも中途半端な片付けのまま、夏が過ぎ秋になり寒い冬がきた。引っ越しの途中の倉庫状態と言えば想像出来るかも。春になり暖かくなったら気合いを入れ直そう。

2 鳥海山に登ってきた。
一昨年の冬、私よりも四歳若い友人の突然の病死に大きな衝撃を受けた。
鳥海山はずっと昔からあこがれていた山だったが、自分の体力が残っているうちに登ってみたいと思うようになった。計画をたてた時はまだ母親は在宅介護の状態だったが、ショートステイを頼めば時間を作ることが出来ると思っていた。ただ私の体力がどの程度劣化しているのか判らなかった。平成26年の6月にすい臓の手術をして以来、車で一番遠方に行ったところは約50km離れた大洲市であった。私の体力テストを兼ねて徳島の友人を訪ねる一泊旅行を試みた。無惨な結果で一度は鳥海山に行くことはあきらめた。若いときは徳島に日帰りでドライブしたこともあったが、何時も自分の基準が若いときだということはやめなければいけない。あきらめてはみたものの、未練がましい私は敦賀市から日本海に沿ってフェリーがあることを知り、それを利用すれば秋田まで一晩船中泊をして行くことが出来る。帰りは新潟から乗船しよう。そう考えていたが、新潟、秋田に寄港するフェリーは週一便しかない。


山小屋の背後にある新山には全く魅力は感じなかった。


ここまで登って撤退するのもなかなか愉快だ。

結局全行程自走して行く覚悟をした。ダメなら引き返す。車で走るときも山に登るときも無理をしない決心で臨んだ。結局鳥海山も新山という火口にある最高峰はおろか、外輪山の最高峰の七高山にもあとわずかなところで断念したが、なんとか無事自走で往復することが出来た。何ヶ月も前から用意周到のはずだったが、実のところ天候の加減で突然思いついて出立したために、車の中には不要なものばかり。断念した最大の原因はスマホと弁当を車の助手席に置き忘れていたことであった。昼食の時には非常食でなんとかしのいだが、腹が減っては戦は出来ぬということがよく判った。今年再挑戦するかどうかは未定である。山頂を極めたいという気持はあるし、身体が動けるうちに動いていないとおそらく悔いが残るだろう。しかし最近なぜか山に登りたいという気持が湧かなくなってきた。

3 車を変更した。
ホンダCRVを母の通院にも使っていたが、老体には車高が高すぎる。踏み台を買って使っていたが、それでも乗り込むことが難しくなった。軽のN−BOXに変えたがやがて母は通院することさえ出来なくなった。N−BOXは近場を走るのには全く問題はなかった。車内は四人で水炊きが出来るほどの広さであったが、高齢者が長距離を走るには少しきつかった。そんなときに自動ブレーキのついたコンパクトカーが発売された。最大の魅力は自動ブレーキを初めとするセイフティシステムが割安な価格でついていたことだった。今すぐ私が認知症になる訳ではないにしても、この先アクセルとブレーキを踏み間違える可能性は十分ありうる。昨年2月に発売されたこの車のハンドルを握ったのは5月上旬だった。今のところ宇和島では台数が少ないので車種は隠しておく。自動ブレーキを試したことはないが、ユーチューブでは高級車を押さえて好成績をあげた動画が出ていた。また「なんちゃってハイブリッド」というちょっと変わったシステムで省エネにも役立っている。これまでにリッター24kmを記録した。今のところ平均20kmだろうか。私は燃費が良いことを求めていた訳ではないから燃費に関してはそれほど気にはしていない。

4 トランプ(猫)が住み着いた
昨年3月のある日、突然物干台に見たことのない雄ネコが住み着いた。初めてそいつを見たとき、まるで人間の赤ん坊がするような可愛いあくびをしたのが印象に残っている。二度とそのあくびを見ることはなかったが、一般的にネコのあくびはただガバッと大口を開けるだけだが、そいつは口をホの字のようにすぼめてあくびをした。そんなあくびは見たことがなかった。最初は「あくび」と名付けたが、毛並みはアメリカ大統領のトランプ氏の金髪に近い黄色いネコであることから「あくび」改名「トランプ」とした。(まあそんなことはどうでも良いのだが)初めて見たとき野良猫にしては丸々と太って毛並みもきれいなので、何処かの迷いネコだろうと思っていた。ところが、人間に対してかなり警戒心を持っていることが判った。私が物干台にでようものなら飛び逃げてしまう。会話が出来るのならうちに来るまでにどんな生活をしていたのか尋ねてみたい。
そのトランプがいつの間にか室内に入るようになってきた。どうやら我が家の「ボン」に特別な感情を持っていることが判った。家の中でも「ボン・いのち」のような態度であった。それが親分、子分の関係なのかそれともゲイの関係なのかは不明である。トランプが家の中に入ってくるようになり、それまで平和だった六匹のネコたちの中ににさざ波が立ち始めた。六匹のネコたちはそれぞれ去勢、避妊をしている。その中に立派な雄のシンボルを付けた若いネコが入ってきたことで、雌ネコたちは「トランプ」に対して嫌悪感を表した。近寄るとうなって威嚇したりネコパンチを出したりし始めた。「トランプ」は自分がよそ者であることを認識しているようで、家人の前では無抵抗の態度を示している。ところが家政婦の話では見ていないところでは雌ネコたちを追い回しているらしい。

ボンに寄り添うトランプ。

そう言えば今では「ボン」の後継者の座を狙っている「クマ」も我が家に来たときは血縁関係のない他のネコたちを警戒して、テレビの後ろで一匹だけ孤独な時間を過ごしていたことがあった。トランプは今では他のネコたちから仲間と認めてはもらわなくても、敵対的な扱いを受けることはなくなったが、いまだに人間に対する不信感は消えていない。寒い冬の夜は室内で寝ることが幸せだと判ったのか、時々茶の間の座布団の上で寝ることもあるが、一度たりとも人間の手が触れることを認めてはいない。たまに人の手から餌を食べることはあっても、手が背中に触れようものなら逃げてしまう。ここまで人間に心を開かないネコは野良なのであろう。夜は我が家の何処かで寝て、朝になると外出するのが日課になっている。午後あるいは夕方には必ず帰宅している。いったいこのネコは何だろう。一応居候として我が家の先住民に敬意を表しているのだろうか、室内では他のネコのように爪研ぎはしないし、発情期のオス猫のように臭い付けもしない。

これでノラと言うのかね。

5 孫が中学生になった。
何処とは言わないけれど、公立中学校で入学試験があった。孫は初めは他人と競争することをいやがってそこを受験しないと言っていたが、そのうちそこを受験する気になったらしい。そうしてなんとか合格した。ほっとした。
ただ孫は中学生になると我が家には寄りつくこともなくなった。これは仕方ないけれど、少々寂しい気がする。以前孫に、「お前の結婚式に出たいなー」と言った私に「その時には、もう死んどらえ」と言った孫の言葉はクールだった。

6 九島架橋
昨年ようやく宇和島湾に浮かぶ九島が四国本土と地続きになった。以来私はよく九島に行くようになった。何が嬉しいかと言って、九島から見る鬼ヶ城山系のすばらしさは私の知らない宇和島を発見したことだろう。

7 麻布の宇和島藩江戸上屋敷跡地を訪ねることができた。
ようやく上京して麻布の宇和島藩邸江戸上屋敷があった場所をこの目で見ることが出来た。
別に特別な感情がわき上がったことはないが、「ふーんそうなんだ」と言うの気持ちくらいかな。



8 非常勤の仕事を辞めた
昨年3月まであるところで非常勤の仕事に就いていた。非常勤とはいえ、その時点では母の事、私の健康のことなどが重なり、仕事を続行する自信がなく辞表を提出した。


車のこと、母の入所のこと、すべてが時系列的にちぐはぐなものになったが、何よりも体力や根気がなくなってきたようだ。この十大ニュースも昨年の12月には準備をしていたが、下準備の時はきちんと十項目あったがメモをなくし、いざアップしようと思ったら、メモをなくした。数が合わないけれどご容赦を。


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