心機一転

新・私の独り言


平成28年6月
『異邦人』?

「きょう、ママンが死んだ。」

アルベール・カミュの小説『異邦人』の冒頭の文章である(窪田啓作訳)高校時代に友人から本を借りて読んだがさっぱり判らなかった。まだ『ペスト』のほうが読みやすかった。

5月24日に京都から帰って間もなく、特養に入所していた母の様態が急変したと連絡があった。時々発する力強い謎の叫び声もいつの間にか弱々しくなりやがて聞こえなくなった。呼吸も不規則になり毎日が危篤状態となった。
熊本の弟夫婦も急いで駆けつけた。6月まで持つだろうかと思っていたが、乱れた脈拍や呼吸のまま月が改まった。私もこのまま長引くのかも知れないとついのんきに考えていた。
前日は朝、昼、晩と三回も行っていたので少しつかれていた。6月5日は午後から行く予定で昼食をすませて準備をしていたところに、施設から母が息を引き取ったと電話が入った。死に目に会えなかったことで特別な感情はなかった。

施設に向かう、田植えが終わったばかりの青々とした水田の中の一直線の道を走りながら、丁度一年前のことを思い出していた。
寝たきりで昼夜を問わず大声で叫ぶ母の入所が認められたことへの家族としてのうれしさと、多くの入所者のなかでうまく生活することが出来るだろうかという不安をかかえ、初めてその道を走ったときには、まだ多くの田には水さえ引かれていなかった。

何度か走っていると、そのうち田植えが行われるようになってきた。青かった早苗がやがて黄金色の稲穂をつけ刈り取りが始まり、そうしてまた茶色の乾燥した土の大地に戻っていった。

そうして二度目の田植えが終わり稲の若葉が風にそよぐ頃、この秋の稲の収穫を見ることもなく母は遠くに旅立っていった。
母はプロテスタントのクリスチャンで洗礼を受けていた。この時私の最大の課題はいかにして家族の葬儀を教会から出せるだろうかということであった。



母の様態が悪化した頃、人懐っこい若いすずめが玄関の足下まで寄ってくるようになった。私のばらまくパンくずに寄ってくるすずめの姿に心が癒される。

買い物に出かけ、帰ってくると車のドアの開閉の音を聞いてか、いつの間にか飛んでくる。ある時など如雨露で植木鉢に水をまいていたらもう少しで踏みつけそうになった。
だからと言って野生の鳥は手乗り文鳥のような訳にはいかない。なれなれしいすずめはおそらく一羽しかいないと思うが私には区別がつかない。



45年前になるがパリのチュルリー公園で暇つぶしにパンくずをすずめに与えていたら、私の投げたパンくずが地面に落ちるまえに空中で上手にキャッチするすずめがいた。せめてそれくらいの芸当が出来ると嬉しい。

葬儀がすんでもしなければいけないことが山積みである。
母の口座が凍結されたので公共料金の引き落としを私の口座からに変更しなければいけないのだが、このところ疲れてしまい、一日に出来ることに限界を感じている。(6月12日)


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