心機一転

新・私の独り言


平成27年9月

何時出来たのかも判らない場合は「このほど」でごまかそう。
で、このほど宇和島東高の武道場が完成したらしい。

工事中の様子


これは電気工事なので参考にしてほしい。

8月11日には完成していた。専門的な表現では竣工と言うらしいが私は素人なのでプラモデルもお菓子もできあがることを完成と言う。

6月上旬に母親が91歳で天寿を全うした。昨年4月に特養に入所できて、これで少しは家族も楽になると思ったものの、あっという間だった。まあこれはこれで天のなすところなので何も言うことではないが、その後の事務的な手続きなどでばたばたした。そんなおりSNS の代表とも言われる Facebook から来るやたらとうるさい連絡についに頭に来てスマホにあった Facebook のアプリケーションを削除してしまった。それまでひっきりなしに来ていたメッセージが来なくなったのにはほっとした。

メッセージのなかでも一番不愉快に思ったのは文面が正確かどうか覚えていないが「○○さんは知り合いではありませんか、メッセージを送って友達になりましょう」と言うような内容のものであった。

住所が宇和島に関連している人がもっぱらであるが、ほとんど知っている人がほとんどであるから別に改めてFacebook で友達申請をする必要性のない人である。他にも「いいね」の要求であったり、自分の正体を見せないで友達申請をしてくる人がいたりで、スマホから削除してホットした。

そうこうしているうちに驚くことが私に降りかかった。3年前に手術をしたすい臓ガンが再発したとのこと。これも3年以内の再発率は90%だとか書かれている記事を見るから驚くことではないのだろうが私にとってはまさに青天の霹靂であった。県立中央病院で PET CT の検査してもらったらそういう結果が出たと言う。セカンドオピニオン制度を利用して松山の四国がんセンターに相談すると今の状態では手術はリスクが大きいので出来ないと言われた。最善の方法は抗ガン剤による治療を行いガン細胞が小さくなってから手術をする事があげられた。(まあすい臓ガンでは助かることは望みが薄いと思われるが。)
今のところは苦痛がないのが救いだろう。

がんセンターの先生は
「南海トラフの方が先に来るかもしれませんよ」と笑って言われた。
ただ抗ガン剤による治療を始めるといろいろ行動に制約がかかるだろう。私はの前に伯耆大山に登っておきたいと考えた。
9月19日に定期検査があるので決行予定を考えていた。8月は余りに暑すぎて行動を起こす気にならなかった。9月もまだ暑かったがうかうかしていると19日がきてしまう。ぎりぎりの線で14,15日という計画をたてた。ところが台風18号が私の行動にさらに制約をかけた。一日早めに宇和島を出た。一年前鳥海山を目指した時には、坂出から瀬戸大橋を渡る予定だったのが道を間違え、淡路島の方向に進んでしまった。今回は早めにナビをセットして音声に従って進むことが出来た。

宇和島を午後1時に出発して目的の宿に着いたのは午後5時だった。平面地図でさえ理解力の乏しくなった老人が初めて訪れた坂ばかりの高原の町で道を覚えることは至難の業であった。目的の宿はナビで簡単に出てきたが道が斜め右だとか左だとか指示が出ても理解できず、何回も宿に電話をしては案内を受けた。大山はスキーの町のようでもうすぐすると紅葉を見物に来る客で賑わうだろうが、今は端境期なのだろう、宿の客は私以外には老人夫婦一組だけだった。


(この日宇和島では雨だったらしい。


よく朝9時に大きな駐車場のある登山口に行った。その手前にモンベルの立派なショップがあったのが印象的だった。駐車場から「夏山登山道」に登り始めた初っ端で早くも道に迷ってしまった。頭の中の地図では尾根に沿った道が浮かんでいたが、ひとけのない沢沿いの道はだんだん狭くなり、「岡山大学山の家」という建物に出あったとき、間違った道を進んでいると確信して引き返した。正式な登山道に戻って歩くまで30分時間をロスした。
単なる私のチョンボだったのだろう。


モンベルさんも商売上手で。

環境省と鳥取県の作った案内板が目立つし、山頂にかけての草原には木道が整備され、大山の環境保全に気を遣っている傾向がよく判る。
それにしても全体的に勾配はきつかった。地形図を見ても尾根道がほとんどなので予測はしていたが、「ヤマケイアルペンガイド12の中国・四国の山」では私の歩いた「夏山登山道」はコースグレード中級。技術度、体力度は5段階レベルでそれぞれ3となっていた。まあ一般的なコースじゃん、となめてかかった私が馬鹿だった。ホテルに戻ったのは午後5時だった。往復7時間半。ここまで体力が低下していたとは。唯一自己評価で肯定的だったことはなんとか山頂まで到達できたことであろうか。帰宅してからガイドブックを読み直すと地形が思い出されてくる。


こう言う標識があるだけで心理的な疲労感は変わってくるだろう。
宇和島の近辺では篠山に「山頂まであと何メートル」と書かれた標識がある。

濡れていると怖い感じ。

山の神さんにもきちんとお祈りをしてきました。

この辺りからようやく景色が見えるようになった。(行者谷別れ)

行者谷へ下りる道にはハシゴのような急な道があった。

なぜか時々ゴミ袋をかぶせたような標識があった。

六合目の避難小屋の前。ホンネを言うともう帰りたくなっていた。

ガイドブックによれば三鈷峰(さんこほう)と言う山らしい。何時も何処かに雲がかかっていた。たまたま見通しの良いときに。

あっと言う間に山の姿は一変してしまう。

ガイドブックでは蛇篭のことが書かれていた。ここを過ぎるとやがて道はなだらかになるらしい。それだけを祈ってひたすらのガマンであった。

ようやく「木道その1」が出てきた。

あと100m。

だそうです。

九合目の標識が。

それでもさらに200mは進まなくてはならない。

おー雲の「切れ間から青空が。

避難小屋

高校生の頃登山部に岡本さんと言う一年先輩がいた。ある時大山の尾根道縦走をしたら四つん這いになって通らなければならないところがあって、怖かったと話していたが、岡本さんの性格から冗談だろうと思っていた。しかしどうやらそれは本当のことだったらしい。

姿勢の悪い爺さんがいた。我ながら見にくい姿におののいた。

帰り道は「高原のお嬢さん」でも歌おうか。

環境省と鳥取県の作った案内板が目立つし、山頂にかけての草原には木道が整備され、大山の環境保全に気を遣っている傾向がよく判る。
それにしても全体的に勾配はきつかった。地形図を見ても尾根道がほとんどなので予測はしていたが、「ヤマケイアルペンガイド12の中国・四国の山」では私の歩いた「夏山登山道」はコースグレード中級。技術度、体力度は5段階レベルでそれぞれ3となっていた。まあ一般的なコースじゃん、となめてかかった私が馬鹿だった。ホテルに戻ったのは午後5時だった。往復7時間半。ここまで体力が低下していたとは。唯一自己評価で肯定的だったことはなんとか山頂まで到達できたことであろうか。帰宅してからガイドブックを読み直すと地形が思い出されてくる。


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