心機一転

新・私の独り言


【平成22年12月25日】

久万高原町での仕事も終わり昨日帰宅した。

この町は広い。初日は三坂峠、翌日は旧美川町の山中。この日が今までで一番寒かった。それより以前、河辺で行ったときも雪に見舞われ、気温は1度と低かったが、今回のように指先がかじかむ事はなかった。指先を使う作業をしていると少し暖かくなる。美川町で仕事を終えたとき、谷川の水で手を洗ったが、身を切るような冷たさであった。三日目は柳谷村の明神山の山麓であった。朝わずかに雨が降っていたが、この日で雨の洗礼は終わった。四日目は面河村の大成という地区。曲がりくねった林道を登ると、山頂近くに大きな神社があったのには驚いた。石灯籠が並び一見厳かな様相ではあるが、奥に進むと、やたら◎◎様お手植えの梅だとか松が所狭しと植えられている。さらにおくには朱塗りの中国の宮殿のような派手な建物があった。今回はカメラを持参していなかったので、携帯のカメラで様子を写したが、なにか異様な光景であった。このいったいは「ヒメボタル」の生息地らしい。

五日目は面河から黒森峠を超えて桜三里に移動した。そうしてクリスマスイヴの日に宇和島に帰った。我が家が一番落ち着く場所ではあるが、このPCを置いてある部屋は寒くて仕方が無い。エアコンはとりあえず設置はしているものの電気代節約のため、ほとんどつけた事が無い。ただし、今年の夏はかなりに日数クーラーを入れた。冬になって、まだ一度も暖房を入れていない。河上肇の「貧乏物語」を地で行くのではなかろうか。足は毛布でくるみ、マウスの操作だけの場合はダイソーで買った100円の手袋をしている。宿泊地では暖房完備であったため、やはり我が家が一番の寒冷地となった。(ちなみに茶の間にやぐらコタツは置いているが猫が中に入ると暖かいので、今のところ通電していない)


河辺での雪の様子。こういう林は非常に楽である。


雪の中での糞探しの様子
(緑色のものは折りたたんで一本になるように作られた特製品)


これは別な画所で見つけた鹿の糞


戦利品、カチカチに乾燥していた。

そんなに汚いという感覚はない(まあ食べようという気にはならないけれど)

少しさかのぼった12月の初旬。「こーちゃん」ちに行く途中に見かけた虹。

今年はよく虹を見かけた。映画「オズの魔法使い」の OVER THE RAINBOW

オーバー・ザ・レインボーを思い出した。私にもこれからあの虹の彼方にあるシャン

グリラを訪れることが出来るかも知れないと、はかない期待を持ってみたりする。

朝サイトを更新してから車を洗ったら、見事に雪になってしまった。この場合「見事に」と言う修飾語は別に意味は無いが、多くの人が似たような経験をしていると思うが、私の場合、車を洗うと必ず雨になる。何しろこの日も洗って拭いていたら雪がちらつき始めた。

友人からメールでスーパー林道にパトロールに行くと連絡があり、午後1時スーパー林道に、彼の運転する究極のクロカン車ジムニーで出かけた。写真は鹿のコル。吹き溜まりでは2〜30cmはあったかなー。寒かった。下る途中で二台のジムニーとすれ違った。

寒いといえば、ついにこの部屋でも昨年買ったオイルヒーターを付けてしまった。茶の間の室温は9度、この部屋では11度。家政婦は室内でもフードを被って寒さ対策をしている。私も毛糸の帽子を被って、手をオイルヒーターであぶっている。以前北海道から転勤で宇和島に来た人が宇和島は寒いと言っていたことを思い出した。おそらく我が家はもっと寒いだろう。夕方ダイキに猫の餌を買いに行ったら、外気温は9度だった。我が家の茶の間と同じ温度で、笑ってしまった。四度くらいになれば室内でダウンのジャケットを着ることになるだろう。


『住所録 また一人消え 年の暮れ』

昨年は千葉県の清家靖正さんが、今年は大阪の脇田憲一さんが去ってしまった。

土日しか家に帰れない状態では年内に年賀状を差し出すのは難しいかも知れない。


〔平成22年12月19日〕

初の出稼ぎも何とか一週間が完了した。

小手試しに河辺に二泊三日の仕事のあと、長期遠征で四国中央市のビジネスホテルに四日の連泊。

その間、旧別子山村あたりでは雪の洗礼を受けた。河辺でも雪になったことがあったが、気温は一度だった。別子山ではおそらく零度を下回っていたのではないだろうか。なにしろ地表を氷が覆っていた。棒状のもので凍った地表をつついて鹿の糞を探した。

そうして金曜日の夜宇和島に帰った。なにしろ初めてのことなので何を準備すれば良いのか判らずに、大きな荷物を抱えて行った。

明日からどこへ向かう旅なのか判らない。ただ初日は西条に宿泊する予定らしい。

先週は衣類も勝手がわからず、オーバーパンツも付けていなかったために、泥まみれになり、乗車する同僚には随分と迷惑をかけた。今回はダイキでまた業務用の衣類を調達してきた。少しばかり山の仕事師の様相になってきた。

登山とはだんだん程遠い格好になってしまった。ふと映画「劒岳-点の記」で測量部と山岳会の装備の違いを思い出した。私の格好は山岳会から陸軍陸地測量部に変わりつつあるようだ。


〔平成22年12月10日〕

久しぶりに仕事にありつけた。

11月25日から愛媛県から委託された県内の野生の

日本鹿の生態調査をする仕事に就くことが出来た。

最近、南予地方には日本鹿が大発生しているらしい。三本杭の笹

はほとんど全滅状態である。また、数年前には元気よく生い茂って

いた、篠山(愛南町)の山頂も鹿に食い荒らされており、山頂に上

るには途中で鹿よけのフェンスの戸をあけて上らなければいけな

い。この前など、夕方の成川で若い鹿と目が合った。まさにガンを

つけられた状態だった。

最初は屋内で、次は滑床で実習訓練の後、実際にフィールドワー

クとなり、昨日までベテランの技師(私たち見習いは先生と呼んで

いるが)がサポートしていたが、一昨日、初めて、素人同士での調

査となり、無事一日を終えた。

勤務するエリアは東は四国中央市まであり、来週からは連日泊り

がけで県内を回ることになった。

仕事は1uの枠を持って決められたポイント50mのラインを10

本、山の中を這いずり回って、そのラインで見つけた鹿の糞を数え

ることである。


場所はあらかじめ設定されたポイントに出来るだけ近い林道を車

で走り、地図に示された場所を見つけて、そこからでラインを取り、

鹿の糞の数を数える。


林道のそばを設定しているので、それほどの山登りと言うことはな

いげ、広いグランドのような穏やかな場所ではなく、木立であったり

藪であったり、とにかく道の無いところを行くために結構難儀する。

野ウサギと鹿の糞の区別はすぐについたが、たまに紛らわしいこと

がある。


野うさぎの糞は全く球形で、割ると中には植物繊維が判るが、鹿の

場合ははこなされているので、繊維は見当たらない。形状も真球に

ちかい野ウサギに対しちょうど米俵を小さくしたような形である。


初めて知ったのだが、鹿は牛と同じような反すう動物で胃が四つあ

るらしい。また特別な酵素を出す胃があるために食物を効率よく消

化するようで、そのために他の動物が食べない木の皮などを食べ

るため、樹木の苗を食べることで林業の被害が多く出るらしい。

初めはゴム長をはけば良いといわれたが、靴の中で足が滑って歩

きにくい、また登山靴は大げさなので、最終的にトレッキングシュー

ズを使うことに決めた。


先日はお気に入りだったノース・フェースのブルゾンをイバラのとげ

で破ってしったので、仕事の帰りにホームセンターで厚手の綿のジ

ャンパーを買った。


折りはたたみ出来るけれど、一辺が約120cmの枠、磁石、筆記

用具、地図、メモ帳などを持って道なき道を行軍するのも、なかな

か楽しいのだが、目が悪いのでが問題である。しかも気をつけない

と小枝が目にあたり事もしばしばある。これは怖い。そのうちゴー

グルでも持って行こう。

そうこうしているうちに、とうとう連続市外勤務の時期がやってき

た。そのために仕事が完了するまでの間、HPの更新はおぼつか

ないだろう。


〔平成22年12月1日〕

本日初めて指導教官(以下師匠)なしの、素人同士で鹿の糞の調査を行った。

緊張していたせいか、朝5時に目が覚めた。集合場所に予定より40分以上も

早く到着した。作業には様々な道具を使うのであるが、一番大きなものに「枠」がある。

そう。「ワク」である。一辺が約120cmの園芸用の支柱4本の100cmの場所に印を付

け、その、印をお互いに強靭な糸である程度遊びをとって結び、四角い枠を作る。結び

目に遊びがあるために、折りたためば一本の棒になり、また、L字型にもできる。ここが

ポイントである。自分で使う枠を自作し、「マイ・ワク」とした。そのワクを片手に、首からは

筆記用具、コンパスをぶら下げて険しい野山の、あらかじめ師匠が設定したエリア内の

三箇所のポイントに合計10本のラインをとる。1本のラインにワクを11箇所5m間隔で

とり、そのワク内の鹿の糞を数えるのである。ラインの始点と終点には必ずGPSでポイント

のマークをつける。この携帯型のGPSはなかなかの優れものであるが、時としてだまされる。

カーナビに載ってない林道なども色を付けて案内してくれるが、私はすっかりだまされてし

まった事があるので、師匠はあまり信用しないように警告した。


〔平成22年11月25日〕

(下の)石鎚に行ってからずいぶん時間が経過した。何もしていない訳ではない。

むしろ、多忙を極めている。石鎚に行った翌週には黒尊のあたりを歩いた。

そうかと思えば、11月16日には地獄の強行軍で、朝の6時に宇和島を出て、

高知市、須崎市、土佐清水市と疾風のように駆け巡り、13時間、490キロと

いう『龍馬出会博』関連ツアーを強行した。その一方、無職渡世を謳歌している

ようなふりをして、ハローワークに足繁く通い、11月25日には日本鹿生息調査

員の仕事を始めることとなった。このジジーが、若者を押しのけて得た2ヶ月の

臨時の仕事であるが、おそらく地図が読めるということだけが評価されたのかも?

先日行われた採用のための面接で、面接官から地図は読めますか?と聞かれた。

一部屋に三人同時の面接であったが、私にとって常識だった、地図とコンパスに

関して世間では常識ではなかったらしい。芸は身を助く。宇和島東高等学校登山部

の力が、今ここにようやく開花結実したのであった。今日は会社で机上の講習があった。

明日は滑床でフィールドワーク、実地訓練を行う予定である。これから寒くなるなー。

ユニクロのヒートテックの原理がいまだに理解できないけれど、その恩恵にあずかり

たいと思う。最近は麦焼酎から黒砂糖焼酎に鞍替えをした私であった。


[平成22年10月12日]

世間ではブログとかツイッターとか、私の後塵をはいしているが、

わしは飲んだくれの毎日である。(この文章はまったく日本語になっていない)

ここのサイトは容量無制限らしいので心配せずにアップできそうだ。

まず、最近の報告。10月12日、友人と石鎚山(一応西日本最高峰)に登った。

何故か気持ちがたかぶって、朝4時に目が覚めた。平成12年に上った

のが一番近い時期。体力は明らかに落ちているので自信が消えていた。

夜中の仕事を終えた友人を乗せて土小屋に向かったのは午前5時30分。

土小屋を出て最初の休憩所から石鎚を望む。

一の鎖手前で

同じ場所から

山頂は「じじばば」の群れであった。晴天にスパッツ。ファッション誌の影響か。

山頂から瓶が森を望む。

おそらくこの日が最後の晴天だったろう。(10月12日)

旅の修行僧、わしではないぞ

と言う一日だった。

はじめは山頂まで登ることができるかどうか自信がなかった。なんとか

上までは登ることができたが、天狗岳までは行く馬力はなかったで。

山頂は気温15度。宇和島に帰ったら25度。わしはそのまま「お講」に出た。

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