新・地名考・はじめに


熱田温泉と言う名で考えたこと


 しばらく前のことである。(多分平成24年10月だった)宇和島市

津島町で何かのシンポジュームが開かれ、そのおり、何処かの大

学教授が津島町高田に熱田と言う地名があることから、昔から温

泉が出ていたのでその地名が付けられたのではないか、と発言を

したことを知った。専門が何かは知らないが、それを聞いて私はち

ょっと待てよ、と考えてしまった。


 まず地名を現在の漢字表記で見ることには大きな危険がある。ま

してや熱田と言われる地名が熱い田であるならば作物の生育その

ものに大きな影響があるだろう。そこで私の好きな鏡氏の「地名の

語源」を引っ張り出して調べてみた。


 同書で「アツタ」を調べると、
「アツタ・@アダ。A傾斜地、関東〜瀬戸内海に分布・[厚田・熱田・

熱田坂」とある。「アダ」は「アダ・アタ@川岸、端 A日当たりの良

い所。[阿太、吾田(アタ)][熱田もこの意かも知れない]一説に※

アガタも同義とも。アガタが二字化で阿太・阿田等の字を当てられ

たものも含むか。


とある。さらにアガタを調べると。


「アガタ・県(アガタ)・英多・英田・阿形・阿方]吾田(ワガタ)・上田

(アガタ)の両説がある。」

 ワガタを調べたが掲載されていなかった。しかし川岸、日当たり

の良い場所のどちらも熱田には当てはまるだろう。

 改めて説明の必要は無いとは思ったが、大学の先生にしても表

記された文字に惑わされているので、少し地名について書いてみ

る。

 そもそも地名は漢字が我が国に入ってくるよりも前に使われてい

たのが一般的だと思われる。自然地形、信仰、風習、行事、統治

機構などが地名の原点ではないだろうか。

 それが「延喜式」巻二十二『民部式』(延長五年【927】の「凡そ諸

国の郷里の名は二字とし必ず嘉名をとれ」と言うことから古い地名

が変えられたケースが増えてきたものと思われる。例を挙げれば

葦が生い茂っていた芦田、芦原が葦は悪しに通じるために嘉字を

取って葦から吉になり吉田、吉原と変わった。平安時代より以前の

地名には吉とつくところは無かったと「地名の語源」には書かれて

いる。また愛媛県では一文字の馬が宇摩に、北が喜多に、上が宇

和になったらしい。倭が大和に、泉が和泉に、弁邪志(ムザシ)が

武蔵に変わったのもこれからである。


 このような成立の経過を考えれば、現在の漢字からそのまま意

味を読み取ることなどは危険でしかない。

平成の大合併で考えたこと

 そして平成の大合併後、地名は怖ろしいほどねじ曲げられ歴史

の一部が葬り去られた。私が接した地名に関する本では全ての著

者がこの合併後に作られた奇妙な地名に抗議をしていた。地名を

変えることは日本人の心の中からふるさとを消滅させることに他な

らない。

 宇和島とも平成の大合併とも関係はないが、福島県相馬郡飯舘

村の変遷を記してみたい。平成23年3月11日東北地方を襲った

大災害のおり、福島第一原発の事故を受けて苦難が降りかかっ

た、福島県の小さな村の名は全国的に多くの人の知るところとなっ

た。(事故発生後直ちに汚染マップを作った木村さんは北宇和郡出身の方である)

 飯樋村、比曽村、石橋村、大倉村、佐須村、新舘村の六か村は

明治22年(1889)飯曽村(飯樋村+比曽村)、石橋村、大須村

(大倉村+佐須村)、新舘村の四か村になった。昭和17年(194

2)飯曽村(飯曽村+石橋村)、大舘村(大須村+新舘村)の二つの

村になった。そうして昭和31年(1956)に飯舘村となったのであ

る。飯舘と言う地名には何の意味もない。ただあちこちの名前をく

っつけただけである。比曽村、石橋村、大倉村、佐須村の名残は

何処にも見られない。参考・武光誠著「地名から歴史を読む方法(KAWADE夢新書)


上の説明を図にすると以下のようになる(今尾恵介・「日本の地名・都市名」)
明治初期

明治22年

昭和17年

昭和31年
飯樋村

飯曽村

飯曽村

飯舘村
比曽村
石橋村

石橋村
大倉村

大須村

大舘村
佐須村
新舘村

新舘村

 話がそれたようだが、飯舘村の例に見るように、飯舘と言う地名

にはジグソーパズルのような文字の組み合わせしか見て取れな

い。

 今は宇和島と言う地名がそれなりに歴史を語るものとして存在し

ているようだが、おそらく「宇和島」という地名が登場した時にはや

はり言葉の組み合わせがあったのでは無いだろうか。伊達秀宗が

今の宇和島に来てから「宇和島」という地名が出てきたと言われて

いる。それまで宇和島を表す地名は板島であった。江戸時代初期

には宇和嶋と板島の両方が使われていたようである。「宇和島」と

はおそらく宇和地方の中心になる場所として付けられたのだろう。

シマ=@島、A田のある所、川沿いの耕地、B村、C林苑(注・林

縁の誤植か?)【島、島々、八十島、志摩、四万、D琉球方言で

国、村、郷里、田舎などの意味

とある。


 また「宇和」とは何に対して「上」という地名だったのか。

 疑問は次々とわいてくる。

 また、板島とは何故付けられた地名なのだろうか。これについて

も明確な答えは分からない。私の記憶では「日振村誌」のコピーだ

ったと思うのだが(原本は村役場が大火で焼失した際に消滅したらしい

また他の村誌であったかも知れないが)面白い記述があった。時代

は忘れたが、河野氏の流れで但馬氏と言う人がいたらしい。伊予

の但馬氏ということで「イヨ・タジマ」→「イ・タジマ」→「イタジマ」→

「板島」となったと書かれていたように思う。笑い話のようだがあな

がち否定は出来ない話だと思う。

 土佐に長曽我部元親と言う戦国大名がいた。宇和島地方も度々

攻め込まれ支配下に置かれた。別な項で書いているので詳しくは

書かないが、元親記によれば秦の始皇帝の流れをくむとか。信濃

の国更級郡小谷郷から土佐長岡郷に移り、長岡郡の曽我部という

ことで長曽我部となった。土佐の香美郡の曽我部氏は香曽我部と

名乗った。これは地名と姓が合体したケースである。余談だがATO

Kではチョウソガベと入力しないと漢字が出てこない。この読み方に

はGAガなのかKAカなのか分かれるところが多い。昔はガと読むこ

とが多かったらしいが近年豊臣秀吉の書状などからカと読むように

なったと聞いた。曽我部氏は蘇我入鹿から来ている。

 それてしまった。名前ではなく地名の話だった。兵庫県に武庫川

という地名がある。文字から見ると武器庫を連想させるし、実際に

それが地名の語源であるという考え方もあるらしいが、『堀内統義・

「愛媛の地名」』によれば手前、向こうの「ムコ」から来ているらし

い。さらに興味を引くのは阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」で

も知られている「六甲山」はもともと「ムコ山」と言われているのを六

甲という当て字を使っているうちに、ムコ山がロッコウ山に変わった

と書かれている。「万葉集」ではムコ川、ムコの海、ムコの泊などが

あり武庫の文字が当てられているそうである。ムコ山に六甲山が使

われた初めが、寛永八年(1631)貝原益軒の「有馬温泉記」に「六

甲山」の表記が見られるという。江戸時代初期には「六甲山」と呼

ばれたと推測されると言う。ただしあくまでも推測だと書かれてい

る。

 ところが驚くことには、この六甲山の文字に合わせて神宮皇后が

征韓の帰途、ここに六つのかぶとを埋めたという伝承が残されてい

ると言う。「地名による生活史」(落合信彦・神戸新聞社)では「甲」

は「よろい」であって「かぶと」ではない。だから六つの「かぶと」では

なく「よろい」としなければならないのに「甲冑」の勘違いからこんな

知ったかぶりの伝承ができたのではないか、と書かれている。

 前置きが長くなったが、如何に漢字表記に惑わされることが多い

のかという事を理解して地名を考えなければならない。

 くどいようだが、俗説がいかにいい加減なものかと言う例を思い

出したので書いてみる。

 四万十川流域に「半家=はげ」という地名がある。私はずっとこ

れは平家の落ち武者が懐かしんで「平家」から一字を変えて「半

家」と付けたと得意げに語る人の言葉を信じ込んでいた。この辺り

には平家落ち武者伝説はいくらでも転がっている。ところがある時

地名関係の書物を読んで、自分の間違いに気がついた。ハケとは

崩れやすい土地に付けられた名前であった。

 ホケ、ホキ、ハケ、ハカ、ハガ、カキ、サレ、サル、クエ、クレ、カギ

などは地崩れと関係していると言うことである。(危険地帯がわかる地

名・小川豊著・山海堂)

 観光地として知られている「大歩危」「小歩危」などは典型的なも

のである。この近くでは法華津(ホケツ)が該当する。

また津島町にある「譲ガ葉森」の語源も朝廷のロマン物語が秘めら

れているようだが、実のところは崩壊地名「ユズリ」に起因するのが

正しいのかも知れない。(松野町にある「遊鶴羽=ゆすりは」も崩壊

地名だそうである。(「愛媛の地名」堀内統義著・えひめブックス21)


 
とりわけ山の地名はその出典・論拠もないままに一時期いい加減

に語られたことがあった。山の地名についてはそのうちに述べた

いと思う。

 参考文献

苗字と地名の由来事典・丹羽基二(新人物往来社)

角川日本地名大辞典「愛媛県」(角川書店)

地名の語源・鏡完二・明克(角川書店)

地名から歴史を読む方法・武光誠(河出書房新社)

愛媛の地名・堀内統義(えひめブックス・愛媛県文化振興財団)

日本の地名・谷川健一(岩波新書)

はじめに   1 駄場 2 網代騒動記  3 宇和島について 4 宇和郡について 5 三間について

6 葛川の謎


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