その3 パリ編−2

ご存じ凱旋門

初めて凱旋門を訪れた日は雨でした。

パリを立つ前日快晴なので、再び行ってみました。

凱旋門の屋上に上がることが出来るなんて知りませんでした。

入場料?5F払って、エレベーターで屋上に上がりました

。1975年5月12日の事でした

  

凱旋門では面白い話があります。初めて訪れたとき、まだホテルに入ってなかったのでリュックを背負って、ワークブーツの格好でした。そこに4〜5人の日本人のお嬢さん達が来て、私を見つけると、わーわー騒いで、「スイスに行くんですか?」とか「パリは長く居るんですか?」とかの、質問を浴びせられました。私の人生でこれほど女性から注目された事はありません。

聞けば、東京からきているOLさんでした。10日間でヨーロッパを回る神風ツアーの最初だとか彼女たちから見れば、貧乏旅行の私が珍しかったのでしょう。アイドルスターの快感を味わった、つかの間の体験でした。

ここで私の旅のスタイルをご紹介します。

パリとスペインのマドリッドでは、少し長めの逗留をしましたが、たいてい各都市に1泊か2泊。トーマスクック社のタイムテーブル(時刻表)と地図は必需品。移動は公共の交通機関を利用。駅に着くとまず貴重品の入ったショルダーバックだけ手許に持ち、リュックを荷物預かり所に預け、ほとんどの駅にあるインフォメーションで無料の地図をもらい、そこで便利な場所で安いホテル、ペンションをチェック。電話で確認をして予約を取り(今考えるとよくやったものだと思いますが)町を散策。夕方にホテルに行くようにしました。

物価の高い国ではもっぱらユースホステルを利用。ここでの交流は貴重な情報源でした。食事はホテルに泊まった場合はセルフのレストランかスーパーで食料を買い、部屋で食べると言う生活でした。

物価の安い(当時)スペインでは500円くらいでレストランで腹一杯の食事が出来るので結構贅沢な時間が過ごせました。 困ったのが土曜、日曜でレストランやスーパーが休み の時です。昔登山部にいたので、非常食の感覚があり、常にミネラルウォーターとフランスパンを持っていましたが、ホテルの部屋でパンと水だけの夕食をとった事もありました。

また、南ドイツのビュルツブルグでは年齢制限でユースを断られ、それまで泊まれるとばかり思っていたので、夕方あわてて安いホテルを探す、と言うこともありました。 この経験から日本で加入したユースの会員証には生年月日は昭和の表記しかないので、現地で申込書を書くときには年齢を偽って書きましたが、ばれることはありませんでした。 

               

ここはパリの市内 オランダに行く ドイツに行く
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